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第19話
「先生が好きです。先生が……先生だけが……」
陣内がとうとう言ってしまった言葉はまるで、子供のようなものだった。子供のように拙い言い回し。
だけど、子供のように純粋な気持ちだった。
すると、肩を抱かれたままの逢坂がゆっくりと口を開いた。
「俺が何故、ここにいるかは分かる?」
「……いえ」
「俺、9月からドイツへ帰るんだ」
「え? 帰る?」
「ああ、ドイツの大学に通っていた事があったって言っただろ? その時、お世話になった教授は若々しいけど、もう髪の毛も髭も真っ白でね。ポストを譲るから戻ってこいと言われている。だから……」
逢坂の声が、言葉が耳に入ってこない。
柚木の時にも思った事で月並みな表現だが、それは鈍器で殴られて、くらくらと倒れ込むような衝撃だった。
陣内は逢坂と意識を手離しそうになる。逢坂と会えなくなる。いや、一生会えない事よりも、逢坂と何のつながりも断たれて、1つ残らず、消えて、なくなってしまう。
もう自分の意思や力といった自分のものだけでは、どうする事もできない。
陣内のボロボロだった心をさらに抉られるような痛みが走るようだった。
「マンションも離れて、大学も離れて、君からも離れた。離れる事は辛いから何も考えずに。誰にも言わずに。でも、それでも、最後には君には会いたかった」
「せんせい?」
舌足らずな陣内と滑らかだけど、いつもよりも逢坂の声に鈍さが現れたり、隠れたりしていた。
全く彼らしくなかった。
「今日は……ってもう昨日だけど、君に一目だけでも会いたかった。君が……」
好きだから。
その5文字だけの言葉は陣内にとって違う言葉のように聞こえた。
逢坂の腕も陣内と同じように彼の肩を抱き締める。逢坂から見て、横を向いた陣内の唇を捕らえる。
「え、あ……」
壊れ物に触れるくらい繊細な逢坂のキス。唇から、目元からあたたかい嬉しさが込み上げてくる。
しかし、その一方で、都合が良すぎて怖い。このキスが終わってしまったら、逢坂は消えてしまうのではないか。
陣内はまたそんな事を考えてしまう。
「先生……」
唇の触れ合いが終わる。
逢坂の唇が離れていく。行き場を失った陣内の唇に使命が告げられる。
「今度は君からキスして欲しい」
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