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第20話
「本当に俺で良いの?」
あの陣内の生まれて始めての大告白から1ヵ月が経った。日本では暑い日もあるが、9月になり、逢坂はドイツでの講師生活、陣内は専門学校の日々が始まる筈だった。
ただ、ここは陣内が借りている部屋のある古いアパートだった。
「それは先生の方ですよ。ポストを蹴るなんて……」
陣内は何かをルーズリーフに書き込んでいく。それはエーやイーの上についた黒い点が2つ並ぶウムラウトがある文章。
ドイツ語だった。
「蹴った訳じゃない。次の4月から渡独するつもりだ」
渡独なんて少し気障に聞こえる言葉も彼を嫌味なインテリに見せないから不思議だ。
陣内は不慣れな手つきで終止符を打つと、畳に足を投げ出している逢坂へ渡す。
「というより、君も君だ」
「え?」
まるで、初めて食事に行った時に見た逢坂のようだと思い、見とれていたのが気づかれたのかと思ったが、逢坂は全く別の事を言い出す。
「俺があのままドイツに行くと言ったら、何もかも捨ててついていく勢いだった」
「あ、あれは……」
陣内は元々、大学へ通っていたのだが、それは母親の死で変わってしまった。唯一の身寄りである叔父にも告げず、自分の意思で大学を辞め、専門学校へ通うことにした。
今回もそれと同じ事が起こってしまっただけだと陣内は思った。
「事情があるとは言え、2度も退学して、就職には不利だね。絶対突っ込まれる。どうして、大学も専門学校も辞められたんですか? わが社もその調子で簡単に辞められると困るのですがね、って……」
「……」
陣内は逢坂の意地悪な面接官振りに暫く考えていた。が、その方がまだ優しかった。逢坂は目元に優しいものが帯びながら言い放つ。
「まぁ、良い。君は俺の恋人になった。時には俺の片腕となって、ずっと傍にいる。それから……」
「先生っ!」
強く、ストップと言うように陣内は叫ぶ。それからの言葉は恥ずかしい。離れたくない一心で、心にも思わない事ではないが、稚拙な言葉で逢坂への思いを口にしていたのだ。
それも、これも、逢坂が言っていた言葉がずっとひっかかっていたから……。
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