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「国語の教師に須崎っているだろ?ヤツとは同級で、ここの卒業生なんだ」
「それ……、職権乱用って言わね?」
男は『告げ口する?』って眼をしながら、しないだろうと高を括っているような顔つきをした。須崎先生が便宜を図ったとして生真面目で物静かな性格だ、独断でないことは訊くまでも無かった。この男が同い年と言うなら、須崎の清潔感あるナチュラルマッシュの黒髪は若く見える。普通科で教鞭を執っていて、生徒たちが『背中に定規でも挿しているんじゃないか』と笑うほど綺麗な姿勢を授業中も絶対に崩さない。右目の下の泣き黒子が丁度いいアクセントで、それも無ければ人肌を感じられるかも怪しいアンドロイドみたいに整い過ぎた容姿をしていた。
「紺地のネクタイは2年生か。タイピン無しは普通科……、アイツの授業は解りやすい?」
「ぇ…、ぁ、はい……」
「文芸部の顧問、須崎じゃないんだって?」
「どうして?」
「こっちが訊きたいね、あれほどの逸材を捨て置くなんて。俺はてっきり小説家になると思っていたぐらいだ。教え上手だしな」
俺は『須崎じゃないんだって?』と訊いてきた男の云いようが不服そうに聞こえたから、国語の教師は他にもいるのに文芸部の顧問が須崎である必要が『どうして』あるんだ?と訊いたつもりだったけれど、
「須崎先生って文芸部だったんですか?」
と、訊くに留まった。
「知らなかった?卒業後も語り草だったが古い話だしな……。当時は『流石、特進科の優等生はレベルが違う』って、地味な文芸部に入部者が殺到したもんだ」
「地味……」
否定できない。
「オジサンも文芸部だったの?」
「鹿野颯介 、『オジサン』じゃない。お前、一々引っ掛かる言い方をするね」
「時枝海晴 、『お前』じゃないよ」
そう言い返すと、ギョッとするほど大きな声で笑われた。
「いいね、海晴か。文芸部?」
「うん」
「俺はスポーツ科の出身、バレー部に所属していたんだ。須崎とは読書好きが高じて図書室で知り合った。オーケー?」
「うん。オーケー」
「お前、図体デカくて礼儀もなっちゃいないけど、笑うと可愛い顔をするな」
「可愛いとか言うなよ」
「身長、どれぐらいある?」
「春は180cmだったけど、たぶん伸びてる……ぁ、それで俺、上履きを買いに来たんだった」
「おー……何センチ?」
「29センチ」
「お前、バレーボールやんない?」
「やんない」
「ちっ……」
舌を打った鹿野は「いいカラダしてるのに」とか「もったいねー」とか独り言を言いながら、上履きの在庫を見てくれたが、無かったらしい。
「取り寄せになるから、ここにクラスと名前をフルネームで書いて」
と、発注書の備考欄を指差してきた。
「意外と綺麗な字を書くな」
「『意外』だけ余分だろ」
なんて話していた時だ。
「ポエト!素通りするなよ」
鹿野が急に大きな声を出すから心臓がドキッとして顔を上げると、いつも能面みたいに表情を崩さない須崎先生が、これでもかってほど嫌そうな顔をして購買部を覗きこんだ。
「鹿野さん、学内で大声をあげないでください。その妙な呼び名もやめて戴きたい」
「その、お堅い口調もな。不自然だろ?普通に話せよ」
キュッと唇を噛んだ須崎の表情からは困惑の色と……、気のせいか、少し幼い色が窺えた。
「時枝くん、チャイムが鳴るよ。教室に戻りなさい」
「ぁ、うん」
気まずさにペンを置くと、
「『はい』だろ」
と、すかさず鹿野が訂正してくる。一々うるさいヤツだと見下ろすと、
「悪いな、仲が悪いわけじゃないんだ。注文の品は入荷次第、連絡するから、またおいで」
なんて、男でもグラリときそうな優しい笑みで退室を促された。
購買部を出ると背中向こうで「言ったのか?」と須崎の声が聞こえる。
思わず足を止めて耳を澄ますと「生徒の前で余計な事を」とか「職員の自覚が」とか、いつもは月あかりのように穏やかな須崎が矢継ぎ早に言葉を発している。鹿野は黙って説教を聞くつもりか、一言も発しない。途中でチャイムが鳴りだして、俺は慌てて教室に戻った。
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