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日当たりの良すぎる居眠りの巣窟になるばかりのひっそりした場所に、年々、背表紙の色褪せていく歴代の文芸部誌が並んでいる。近隣の諸学校と比べても蔵書数の多い本校の図書室で、わざわざ文芸部誌に手をつけるなんて、部員でもなければ相当の変わり者だ……。
「これも……、こっちも?」
朝井の言った通り、この日も2冊の部誌からメモが見つかった。
青いインクで書かれた右上がりのクセ字は感情の起伏の表れか、大きくなったり小さくなったりして不揃いだ。それでも何かを伝えようとする力強い筆跡は押し寄せる青い青い波のように隙間なく綴られていて、書き殴りの悪戯でないことは一目見て判った。内容は結構、辛辣だ。まるで、頭の中を覗き見されたように、迷って足掻いた文章には焦りと硬さを指摘されたし、ノリに乗って浮足立った文章では誤字を訂正されていた。
「容赦ないねぇ……」
と、独りごちていた時だ。
「時枝くん、なんでっ?誰だよ、言ったの!」
突然、後ろの書架の向こう側から声がして、雲谷 が顔を出した。
「おー、雲谷。今日も見つけた。誰なんだろうな?」
指先に挟んだメモをヒラリとさせると、気の優しい雲谷は小柄で小太りの身体をモジモジさせて、
「……その、あまり気にしない方がいいよ」
と、俺を気遣った。
「しねーよ。つーか、むしろ有難いね、良く読み込んでくれてる。自己満足のつもりで仕掛けた意図も、ちゃんと気付いて感想くれてさ。お前、今日も探しに来たの?」
「ごめん、……気になって、」
バツの悪そうな雲谷に俺は持っていたメモを差し出した。
「これが今日のぶん。散々な書かれようだけど的を射てる。読むだろ?」
「いいの?」
パッと瞠った眼は身体に比例して丸い。
「いいよ。俺が来なければ、当然、読めていた物なんだし。……ぁ、今の嫌味じゃねーから」
苦笑した雲谷は道化たふうに左掌に右手の甲を重ね、恭しくメモを受け取った。
「実は僕、時枝くんの小説が好きなんだ。だから、他の人がどう思ったのか興味があってさ」
半テンポ調子の狂うおっとりとした話し方も、色白の肌に赤らむ頬ばかり目立つ顔もどうにも冴えないが、ショートケーキの苺みたいにクラスに一人はいて欲しい貴重な存在に思える。
「……この人、時代物に厳しいね。時代考証はしていたんだろう?」
「足りてねぇってことだろ?判ってる。それ、大正浪漫ミステリーを狙ったんだけど、正直、書ききれてねぇんだよ。入稿ギリギリで終盤、走っちゃってさ……」
「そうなの?去年の学園祭の作品だったよね。トリックも面白いし、僕は街の描写が目の当たりに見るようで本当に凄いなぁって驚いたんだ」
「あんま、褒めんなよ。調子乗んぞ」
「乗って良いんじゃない?投稿サイトのコンテストに出してみればいいのに」
「そういうのいいよ。いつまでもつか……」
言いかけてハッと口を噤み、
「俺、飽き性だからさ」
と、誤魔化した。
壁際に積まれた丸椅子を二つ並べて雲谷と交わす小説談義……、こういう話が出来るのも同じ書き手同士の醍醐味だ。
「古い作品ほどメモがウルサイね。こっちは高1の最初の作品だっけ?」
「そう……。青インク野郎は『君は未だ本物の恋を知らないね?』だってさ。大きなお世話だよな?告られてるし、付き合った事もあるっつーの」
「え゛……まさかこれ、実話じゃないよね?だって、男に告白されるとか無いでしょ」
「雲谷は無さそうだよな?」
「は?ぇ……?ぇえええっ?いや、だってさ、……ぇー?」
「錯乱してないでいいから、他のメモも寄越せよ。持っているんだろ?」
「ぁ、うん……」
高校生になって告られた数を正確に言えば『花苑女子の生徒:OL:看護師:本校のヤロー』が『3:1:1:2』だ。自分から誰かを好きになって告白したことはない。ムカつくが青インク野郎の図星だ。雲谷はブレザーのポケットから2枚のメモを出しながら、
「その……、男に告られるって、どんな気分?」
と、遠慮がちに小声で聞いてきた。
「抹殺」
俺は躊躇わず、そう答えた。
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