3 / 8
第3話
連絡が、無い。電話をしても留守電に変わってしまう。仕事が忙しいのか、それとも敢えて避けているのか。
西園寺は投資家への説明が終わるとエレベーターのボタンを押して到着を待った。
あのパーティーの翌日。西園寺はスイートルームで一人目覚めるというなんとも虚しい朝を迎えた。仕事柄朝が早いのでさすがにそれはないと思っていたが、五時きっかりに目を覚ますと隣りはおろか、もう部屋の中にさえ圭人はいなかった。
付き合ってくれ、との言葉に返事は無かった。だが「断られる」という経験をしたことのない西園寺は勝手にもう付き合うものだと判断していた。なのに連絡をしても通じない。圭人は一晩の過ちにしたいのだろうか。それにしては自分を見つめていた目が熱かった。圭人の気持ちがわからない。これはもう本人を捕まえる他ないのだな、と考えた。
エレベーターを降りて天井が吹き抜けの大きなロビーを歩いていると突然、後ろから誰かが肩にぶつかってきた。驚いて鞄を落としてしまった西園寺の前にその人物は頭を深く下げた。
「ごめんなさい! 急いでいて……」
「圭人?」
「司さん?」
圭人が人懐こい笑顔で見上げる。
「こんなところで会うなんて。お仕事ですか?」
「あ、ああ……」
西園寺は少したじろいだ。あんな風に激しく抱き合った相手に対してこんな爽やかな笑顔を向けてくるなんて。
圭人は落とした鞄を拾って西園寺に渡してきた。
「すみませんでした。急いでいて……司さん?」
「何度か、電話をしたんだけど」
圭人は少し考えた後、ああ、と声を上げた。
「司さんだったんですか! ごめんなさい、まだお名刺の方登録していなくて。知らない番号には出ないんです」
「……そう。なんで、あの時、先に帰っちゃったの?」
「……あの時?」
圭人は首を傾げて、よくわからない、というように眉を顰めた。
「ごめんなさい、もしかしてパーティーの時のことですか?」
「ああ」
圭人は少し顔を赤らめて俯いた。
「ごめんなさい。あの日僕酔ってしまったらしくて。全然覚えてないんです。気が付いた時には家にいて」
あからさまな嘘をついている。スイートに一人で置いていかれる、連絡は通じない、名刺は登録していない、挙句の果てには嘘をつかれる……。
「でも、司さんと途中までお話したことはよく覚えています! これからもぜひよいお付き合いをさせていただきたいと思って……」
西園寺は少し首を捻った。途中までは覚えている。しかしその後の記憶がない……。しかし朝まで酔っていたわけではないはずだ。まさか。
部屋に連れていかれたことを覚えていないのか。そして朝起きて事の重大さに気付いて、寝た相手の顔まで確認していなかったのか。そしてそのことを西園寺には隠したい。それなら話の辻褄が合う。だが……。
西園寺は少しずつ怒りが込み上げてきた。自分一人が馬鹿みたいに圭人のことを想っていて、当の本人は何も覚えていない。こんな仕打ちを受けたのは初めてだ。西園寺は圭人の片腕をぐっと掴むとどんどん歩き出す。
「……っ、司さん?」
「ちょっと来い。話がある」
ともだちにシェアしよう!