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第3話

「だいちゃん?」 「…っ」  あれは幻だったのだと思わせるほどに兵藤は何も知らなげだった。愛々(あいあい)しい顔が心配そうに姫小路に寄り添う。 「ご、ごめっ…先行ってて…」  脂汗が浮かぶ。涼やかな兵藤は、え?と佳麗な唇を小さく開けた。 「だめだよ!だいちゃん、苦しそうだもん」 「ちょっと、腹が痛いだけだから」 「じゃあトイレ行こ?ね?」  筋肉で太ましい姫小路の腕に薄い掌と掌に挟まれる。柔らかい感触。女の子の掌のようで、その感触がもどかしい痺れに変換され中心部へ駆けていく。歩けるわけがない。最寄りのトイレでも大きな廊下を横断しなければならなかった。 「我慢、出来ない?」  まだ大講義室にはちらほらと人がいる。姫小路は首を振る。目に入る全ての女の子に変な妄想をしてしまう。立ち上がれば布を押し上げる下腹部が明らかになってしまう。 「ねぇ、汗、かいてる?」  ぺたりぺたり、腕を摩っていた手が姫小路の額や首筋を触った。椅子に乗り上げ、四つん這いになり、姫小路の腕や肩を嗅ぐ。 「僕も我慢出来ないよ、こんなの」  肩を越して、腋付近に鼻を近付け、潤んだ瞳を眇めた。すんすん、嗅ぐ音が聞こえる。白い手がまた姫小路の弱みに伸びて布越しになぞられる。 「トイレ、行こ?」  天使のように可憐で悪魔のようにかわいらしい兵藤に逆らえない。前屈みになりながら兵藤に手を引かれる。人通りは少ない。途中で目の前を通った、恋人と思しき男に夢中で話しかけている女学生の露出した腹部と歩くたび揺れる尻、肉感のある腿に頭の中はめちゃくちゃになっていた。  大講義室を出てすぐの大きな廊下を横断したところにあるトイレへ連れ込まれる。個室へ兵藤は姫小路を押し込んで鍵をかける。姫小路は壁に押し付けられ、兵藤は隙も与えず背伸びして腋へと鼻を当てた。焦りながらジャージの前を開け放たれ、パンツの下に手を突っ込まれる。 「と、ともちゃッ…!」 「だいちゃん、」  脱いで脱いでと半袖シャツを捲られた。 「待っ、あっ、あっ、」  直接、微かに勢いをなくしている雄茎を扱かれる。その間も兵藤は姫小路の腕の付け根へ執着した。捲れただけの布越しの香り。焦れて綿(めん)の上から舌を伸ばす。切なく柳眉を歪ませ、姫小路は腕のくすぐったさと下半身に大胆に送られる快感に身体をのたうたせる。 「だいちゃん、すごっ、いい匂い、だいちゃん、だいちゃん…っ」 「と、もちゃっ、ともちゃ、だめ、あっああっ、」  肌理細かい手が太く根を張る幹を上下し、粘ついた体液がその手を光らせる。 「んんっ、だいちゃん、」  シャツの色が変わる。まるで腋汗を大量にかいたように腕の付け根の部分が兵藤によって濡らされる。捲り上げられたままトイレの照明を浴びる胸の突起が天を向く。 「やっだ、出る、イくか、ら…ともちゃ…っ」  兵藤は聞いているのかいないのか、構うことなく一度舐めていた布から顔を離し、捲り上げたシャツと肌の狭間に割り込もうとする。 「あっああ…ともちゃ…」  シャツが引っ張られた。念願の腋の匂いを大きく吸い込み、姫小路の先端の膨らみを親指で刺激する。びりびりと電流が走った。片手だけの物凄い力によって壁に寄りかかったままずるずる下へ滑らされる。背が届くほどになるとシャツを更にたくし上げられ、兵藤は乳飲み子よろしく、黒々と生い茂る毛へしゃぶりついた。腋の変な刺激と陰茎の快感に腰がきゅっと締まった。先端の小さな小さな口を柔らかい指の腹が埋めるように掻いた。 「あっ、いいっ、いい、きもちぃ…ともちゃっ」  兵藤のたてる湿った音が今日会った女の子のあられもない姿を連想させて、肌色に染まった思考が一気に頂点へと誘った。 「あ、ィっ」  腰が揺れる。白濁が飛んで床と壁と便器を汚した。兵藤の手が緩やかに脈を打つ茎を搾る。身が引き攣る。気にする様子もなく兵藤は姫小路の腋を舐め、時折毛を齧った。ちく、っと痛みが走る。腋窩を舐め回す。飽きもしない。思考が冷静になっていく。頭の中でいやらしい音をたてていた女の子たちへの罪悪感と、腋を舐められている情けなさ。ツンとした刺激臭に混じる兵藤の甘い香りに自己嫌悪に陥った。 「も、ともちゃ、だめ…、やだ…」  毛を噛まれ、ざらざらした舌に慰められる。くすぐったさに慣れてくるとぞわぞわした感覚へと変わった。 「んっ、だいちゃん、美味しいよ」  嫌がると華奢な身体に不釣り合いな怪力によって長年鍛えた健やかで自然な筋力など赤子の手を捻るほど容易に捩じ伏せられる。毛穴ひとつひとつに舌先を挿入せんと丹念に(ねぶ)り、毛の茂る肌を吸う。ちゅぽっと卑猥な音を立てて強く、柔らかな唇に包まれるとじわじわした甘やかな感覚が広がり、それは治まったはずの欲を溜め込む下腹部の奥底を震わせる。 「だ、め…腋、も…やめぇ…」 「ふ、ぁッ、」  拒否の言葉を口にすると毛を引っ張られる。毛の抜ける痛みが段々と気持ち良くなってきている。兵藤は自ら大きく膨らんだ凶暴な肉筒を取り出し、こすこすと扱きはじめる。グロテスクなコントラストで白く小さな手から、熟れたスモモに似た先端部が出たり引っ込んだりする。美少女然とした風貌にそぐわない荒々しい男根に倒錯的な願望が芽生えそうになりながらまだ冷静さを保つ頭が、視界を閉ざす。 「も、くすぐったいからァッ…!と、もちゃッ、もぉ、痛い…っ」  くすぐったくも痛くもない。ただ怖い。腋に広がり留まるぞわぞわした感覚の次のステージを知ってしまうのが、ただ怖い。 すでにくすぐったいという可愛らしい感覚には戻れないでいる。 「だいちゃん、すごい…っ」  兵藤は膝を曲げた。姿勢が低くなって腋から遠ざかる。露出したまま、萎むはずがまた半分勢いを持ちはじめた茎へと兵藤の小さな顔が近付いていく。腋臭よりも濃く強く生えた草叢へ兵藤は顔を埋めて、それから、拒否するように潔く離れた。 「ボディソープの匂いがする」  不満げに言われた。だがまたそこへ鼻先を埋め、決して白くはない巨獣を擦り上げる。鼻息や柔らかな皮膚の感触がすぐ傍の機嫌を伺うような茎を責め焦らす。何かを探して、小ぶりな鼻がピクピク動き兵藤は一度だけ姫小路のどっちつかずな陰茎を舐め上げた。 「ううっ…ッ」  情けない声が漏れた。口が寂しくなって、指を噛む。兵藤はそれだけで興味を失ったらしく、毛に頬を擦り寄せたわむ毛を噛む。小さな刺激でとろりと雫が浮かぶ。また扱きたい。思う様擦りたい欲に駆られる。 「だめだ」  兵藤は立ち上がった。姫小路に見せつけるように口周りの毛を指で拭う。それから兵藤は姫小路の大きな手を取って、太く力強くそそり立つそこへ導く。 「汗、かいてないの?」  軽い小さな手に誘われるまま、美しい少年の面影を残した同期のそれを擦っていく。 「っ…だいちゃんの手、すごく気持ちいい…」 「ともちゃ…ん、もう、やめよ…?変だよ…こんなの変だよ…」  熱く太い棒を擦り上げさせられたまま姫小路は抵抗する。兵藤は愛くるしすぎるほど愛くるしい顔をしながら凍てついた眼差しを向ける。 「変?ど、こが?」  はぁはぁと息を切らせて姫小路の掌を使い兵藤は己を慰める。 「と…もちゃ…は、だって…」  兵藤は無視し、舐め回して舌で捏ねくり回した腋とは反対の腋に鼻を埋める。 「抱き、締めて…」  赤く頬を染めた可愛すぎる顔が姫小路を見上げる。小さな花が舞い散るような微笑みを浮かべ、夜空の星々も恥じらうほど煌めいた瞳が潤む。兵藤に棲みつく凶獣を宥めながら空いた手で折れそうな腰を抱き寄せた。密着する。腋に纏わり付いた兵藤の甘やかな香りがトイレの個室に籠った生々しい精と潮の匂いを掻き消していく。 「とも、ちゃ…ん、ともちゃぁ」 「だ、いちゃん、下の毛に出していい…?」 「え…?」  姫小路は、兵藤が何を言っているのか分からなかった。兵藤は姫小路に雄を擦り上げさせたまま、腰を姫小路の下腹部に寄せる。 「ぁあっ…ぅ、ああっ」  高い声を上げて、びゅるっと姫小路の濃い繁みに白濁が飛ぶ。臍や腹にも飛んだ。小さな腰が揺れて精液を被った毛を、ひくつく先端が撫でる。 「と…もちゃ…」 「気持ちいい…」  細い指が飛び散った精液を拾い、姫小路の口に指ごと入れる。えぐ味のある、あくの強い苦くしょっぱい味に顔を顰める。 「美味しい?」  とろんとした兵藤の胸が張り裂けそうなかわいさに、首を振れるわけがなかった。 「う、ん」 「今度は飲ませてあげるから」  兵藤は、保護欲を沸き起こらせるあどけない笑みを浮かべて、姫小路の中途半端な熱を凝視する。 「な、に…」 「出さないの?」  出す。だが今はまだ、目の前に兵藤がいる。 「ボクの腋、嗅ぐ?」  動かない姫小路に兵藤なりに気を遣ったらしく、腕を上げる。無味無臭どころかグリーンフローラルやサボンの香りがしそうだ。だが姫小路は、いくら美少女と変わらない容姿にせよ同性の腋には興味がなかった。何より兵藤は友人だ。 「ね、ね、ヌいたら汗、かくよね?」  ここで、目の前でヌけ。兵藤の目はそう言っていて、姫小路に拒否の言葉はやはりなかった。  気分が沈む。食堂でどんよりと肩を落とす。兵藤の前で、自慰を見せてしまった。それだけではない。出そうとした瞬間、兵藤は手を出して受け止めて、匂いを嗅いだ。むわっと広がる雄の生々しい匂いが広がって兵藤は恍惚と嗅ぎ続け、あろうことか舐めてしまった。美味しい、いい匂い、えっちと並べ、姫小路の羞恥を煽りながら。もう出ない、もう出せないと弱音を吐き出すまでに兵藤は限界を訴える陰茎にも固執した。汗かいたよね?と壁に押し付けられてまた長いこと腋臭を吸い込まれ、腋を舐められ、毛穴を吸い上げられた。腰が揺らいで本格的に次はまずいと思った。  腋がぱりぱりするような気がする。繁茂した下生えの中に鬱血痕があるかも知れない。ずっと上げていた肩が凝る。兵藤の力は抵抗と拒否を許さない。 「ひっ」  後ろから顔に触れた冷たさに驚いて、転げ落ちそうになる。 「大輔」  相馬が炭酸飲料の缶を差し出した。 「あ…ありがとう…」  1人掛けの壁に向けられた席の隣へ相馬は座る。 「調子は?」 「…もう治った」 「そりゃ良かった」  相馬はからから笑う。兵藤との妙な時間の後で、あまり人と関わりたくない。 「いやぁ、ごめんな。昨日はつい、嬉しくて」  相馬は姫小路に渡したものと同じジュースを呷る。 「…別に、よっぴが思うほど気にしてない」 「何拗ねてんだよ」 「拗ねてねぇもん…」  相馬に目を追われる。明るいその目を今は見たくない。 「他の人たちは、どうしたんだよ」 「知らね、どっかでサボってんじゃね。それより今は大輔といんの、オレは」  両手で顔を挟まれて、ぐいと向き合わされる。すんすん、と相馬が周りの匂いを嗅いだ。姫小路の機嫌がさらに悪くなる。 「どうせ俺は腋が臭いだけの男ですよ」 「はぁ?急にどうしたんだよ」  相馬の垢抜けた容姿や、雰囲気によく似合った香りが姫小路の神経を逆撫でする。 「別にどうしもしない」 「どうしもしなくねぇって。お前らしくない」  相馬は困った顔をする。昨晩の困った少年とは大違いだった。 「やっぱり昨日、オレが1人寝ちゃったの怒ってる?」  凛々しい眉が垂れる。怒っていない。怒るとしても相馬が1人寝落ちたことにではない。 「会おうと思えば会えっけどさ、…お前にはお前の今のダチがいて、オレにはオレの今のダチがいるからよ…昨日は久々に喋れて、浮かれちまったんだよ…」  顔を固定する両側の手を取って離そうとすると今度は片手を掴まれる。赤い顔をした相馬がばつが悪そうに目を逸らした。 「そんな気、遣わなくても…」 「遣うさ、遣うわ」  姫小路を伺うようにおそるおそる相馬の目が泳ぐ。快活な姿に慣れているため、姫小路はうっと言葉を飲んでしまう。 「だから今度また、飲み直そうぜ。その時は、きっちりもてなす」  相馬もショックなのだろうと思った。1人で寝落ちたこと、酒に飲まれたことが情けなくて仕方ないのだろうと。 「分かった。楽しみにしてる」  相馬はその返事に気を良くしたらしく、からからと笑いはじめた。 「へへ、電気買っとくわ」  調子が戻ったらしく軽やかな態度で、逃さんと言わんばかりだった手を放す。姫小路は指に残った、じわじわとした熱が何故だか恥ずかしかった。 「電気買ってなかったのかよ」 「オレ怖がりじゃねぇもん」  相馬は肩を竦める。いつの間にか姫小路も調子が戻っていた。 「よかった、大ちゃん機嫌戻ったみたいで」 「なんだそれ」 「じゃあな、今度また誘うわ」  相馬は忙しく、笑いかけて手を振って去っていく。 「ふぅん」  さっき別れた兵藤が、まだ相馬の体温が残っているだろう隣の席にひょいと座った。 「だぁいちゃん」  個室トイレでの密事は姫小路の一方的な淫夢だったのだと錯覚するほど爽やかな出で立ちだ。 「どこ、行ってたの」 「ボディシート買いに。ボクの匂いと混じるの嫌だから」  部活後もまた、兵藤はやる気らしかった。姫小路の顔は青褪める。 「はい、あげる。無香料がなくてさ」  買ったばかりのボディシートをしっかりと手に握らされた。 「ぶ、部活後は…」 「ね?」  無理だ。疲れている。部活ですらこなせるか、分からない。 「…」 「だいちゃん?」  姫小路は頷きかける。 「じゃあな!だぁいすけ!」  集団が帰るらしく、後ろを通るところで別れの挨拶に相馬は抜けてきたらしかった。また驚かすように両肩に手を置く。 「よ、よっぴ…ばいばい」 「ば~いっ」  ―と別れるのかと思ったが、相馬の仲間たちが姫小路と兵藤を囲んで話が進み、連絡先を交換する流れになっていた。明るい相馬の周りには明るい人々が集う。兵藤はその見た目もありあれこれと質問責めにされていた。 「よ、よっぴ」 「なん?」  その間に姫小路は相馬の腕を引く。 「今日一緒に帰れない?」 「もちだよ、もち」  へへ、と相馬は白い歯を見せて笑った。

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