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10 ライブの始まり
いよいよ今日は放課後、康介とライブに出かける。康介は朝からずっとご機嫌だった。何をしていても鼻を膨らませてにこにこ。康介は昔からわかりやすい。学校の間中、僕はご機嫌な康介を見てるだけで面白かった。
学校が終わり、帰宅してから出掛ける支度をする。康介と康介のお兄さんが家まで迎えに来てくれるらしいから、僕は遅れないよう急いで支度をした。康介が「カッコいい」と言って褒めてくれた服に着替え、少しだけ髪の毛をセットする。でもこういうのは慣れてないから普段とあまり変わらなくって、結局クシャっと元に戻してしまった。
「お久しぶりです。陽介さん」
陽介 さんは康介の二つ上のお兄さん。康介はしょっ中喧嘩してるなんて言ってるけど、とっても優しそうなイケメンなお兄さんだ。そして陽介さんも僕らと同じ高校に通ってる先輩でもある。
「竜太君、久しぶりだね。なんか無理矢理康介が誘ったんじゃない? いつもごめんな」
申し訳なさそうに陽介さんが僕を見てペコッと頭を下げた。
「なんだよ兄貴、無理矢理じゃねえよ!」
横で康介は心外だといわんばかりに文句を言った。
「はいはい、そうですか。じゃ、行こっか竜太君 」
なんだかんだ仲が良さそうな兄弟で、僕はひとりっ子だからこういうやり取りが少し羨ましく思えた。
電車を乗り継ぎ、ライブハウスに到着する。ライブハウスなんて初めてだから、ちょっと緊張してしまった。
地下から微かに漏れ聞こえてくる音と仄暗さに緊張し、階段を降りるのに躊躇ってると、康介にグイッと手を引かれた。
「早く行こう」
「あ、うん」
康介に連れられ階段を降りる。扉を開けた瞬間飛び込んでくる聞いたことのない大音量に一瞬体が固まってしまった。煩さと色とりどりのライトと人混みに呆気にとられていると、康介がこっちを見て何か言っている事に気がついた。周りの音が大き過ぎて全然何を言っているのかわからない。呆然としていたら、康介が僕の耳に顔を近付け「出番はまだだからね!」と叫んだ。
そうか……
初めからお目当てのバンドじゃなくて複数のバンドが順に出てくるんだと理解して、僕はとりあえず康介にならってドリンクをもらい、後ろの方の隅に立った。
いろんな音が混じり合い、ギャイギャイとうるさい。観客を煽りながら楽しげに声を張り上げているけど、一体何を歌っているのか僕には全く聞き取れない。勿論今演奏しているバンドも僕は知らないけど、お客さんはぴょんぴょんと跳ねながら盛り上がっているからきっと人気はあるんだろう。だけど僕にはちっともかっこいいとは思わなかった。
まさか康介一押しのD-ASCHもこんなのじゃないだろうな? ちょっと心配になってしまった。あんなに学校で盛り上がっていたのに、こんなバンドだったらガッカリもいいところ……なんて、僕は失礼な事を考えていた。
康介はどこへ行ってしまったのだろうと周りを見渡す。人がさっきより増えていて中々康介が見つからなかった。でも見つけたと思ったら僕の知らない人と何か喋りながら前の方へ行ってしまって僕は一人取り残されてしまった。さっきから見ていたけど、前の方に行ったら人に押されて揉みくちゃにされるのが目に見えている。とてもじゃないけど僕も一緒に行く気にはなれなかった。
僕は後ろでのんびり見よう……
気がつくと陽介さんが僕の隣に立っていた。そして僕の方を見ながら何か喋っているようだった。だけどやっぱり何を言っているのかわからない。首を傾げると、陽介さんも康介と同じようにして僕の耳に顔を寄せた。
「大丈夫? つまんなそうだね。出る?」
僕のことを気遣ってそう言ってくれてるのがわかる。僕も陽介さんの耳に顔を近づけ「大丈夫です。お目当てのバンドはまだみたいだから」と大きな声でそう答えた。
陽介さんは友達を待たせているようで、「じゃ、俺は行くね」と言いながら、僕の頬にチュッとやって行ってしまった。
へ? 今のはなんだろう? あまりにも自然にされた僕は益々訳がわからなくポカンと後ろ姿を眺めることしかできなかった。
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