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33 保健医 高坂陸也
ぼちぼち帰る支度でもするか、と、保健室から廊下へ出る。下校時間も大分過ぎ、グラウンドの方から運動部の声が微かに聞こえてくるくらいで今日は比較的静かな放課後だった。その静けさを打ち崩すような泣き声と助けを求める必死な声に驚いて見てみると、一人の生徒が泣きじゃくりながらこちらに向かって走ってきていた。
「どうした?」
そいつは俺に気付くと慌てて「助けて!」と連呼する。
「早く! 早く助けてあげて! お願いします! 僕のせいで……渡瀬君が! お願い! 助けてあげて」
渡瀬という名を聞いて、すぐに橘の話していた一年生だと気が付いた。橘のお気に入りの一年生。よく怪我をして保健室に来るボケっとした一年生。俺の元に来たこの生徒もよく見ると殴られた痕があった。
「わかったから……落ち着け。まず、君の傷見せてみろ」
見たところ軽い傷だから手当てはすぐ済む。上級生に脅されて渡瀬君を連れ出し、黙っていろと殴られたらしい。一先ず保健室で待つように言い、俺は言われた場所へ急いで向かった。
校舎裏へ行ってみると、悲惨な状況。遠目にも何をしているのかすぐにわかった。渡瀬君に馬乗りになっているのは権藤という問題児だった。何かとすぐに暴力を振るう。おまけに気に入った男にちょっかいを出し、なんでも暴力でどうにかしようとする問題児。何度指導してきたことか。確か数日停学もくらっているはず。でももうこれできっと退学は免れない。俺が絶対許さない。
「おい! お前ら! 何やってんだ!」
俺が声を張るとあっという間に逃げて行った。逃げたところで誰だかわかっているんだ。権藤は後で何とかする事にして、渡瀬君を保健室に連れて行かなくては、と声をかけた。
顔が腫れ上がり瞼も切れている。肌蹴たシャツの間から見える肌は赤黒く変色している。こんなに細い体であんなのに馬乗りにされ殴られ続けてどれだけ怖かっただろうと思ったら腹が立ってしょうがなかった。
自力で立ち上がるのも難しそうで震えの止まらない足も痛々しい。見たところキスもされていたようだった。こんなに酷いのはちょっと見たことがないな……さて、橘には何て言おうか。あいつの事だから、権藤に仕返ししに行くのは目に見えていた。
保健室で手当てを終え、少し休むように渡瀬君に伝える。しばらくすると静かな寝息が聞こえ、眠ったのがわかった。
俺は眠ってる渡瀬君の頬を優しく撫でると、携帯を取り出し画面を見つめた──
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