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36 恐怖

 家に着くと高坂先生が母さんに簡単に話をしてくれた。泣きそうになっている母さんに「僕は大丈夫だから」と落ち着かせ、兎に角一人になりたかった僕は物凄く心配してあれこれ聞きたがった母さんを無視して、逃げるように部屋へ急いだ。  身体中痛いのも勿論だけど、胸の中もズキズキ痛む……  他人に肌に触れられた。思い出すだけで、鳥肌が立つほど気持ちが悪かった。口元への生暖かい感触も何度拭いたところで消えてくれない。掴まれた手首、体にかかる他人の重み。すぐ耳元で感じた他人の荒い息遣い。全てが鮮明に蘇る。  怖い──  全身に走る悪寒をなんとか鎮めたくて、僕はベッドに潜り込み身体を丸めた。  周さん……僕は必死に周さんを思い出す。周さんに触れられて幸せに感じたあの気持ちを思い出せ。  周さんの腕。  周さんの胸。  周さんの唇。  少しでも僕の身体にこびりついた汚いものを払拭できるように、必死に布団の中で体を丸め周さんのことを思った。  しばらく布団に潜り丸まっていると、誰かが部屋に入ってきたのがわかっ た。母さんかな? 何も言わないその人は僕のいるベッドに近付いてくる。そして不意に僕の身体に覆いかぶさって来た。  布団ごと僕をぎゅっと抱き竦め優しく撫でるその感触に、自然と気持ちが落ち着いてくる。 「……竜太」  耳元で周さんの声が聞こえて、僕は堪らず布団から飛び出し周さんに抱きついた。 「周さん! 周さん!……周さん!」  どう思われるか不安で会うのが怖かった。否、すぐに周さんが来てくれた事が嬉しくてしょうがなかった。次から次へと涙が溢れて溢れて止まらない。周さんは何も言わず、そんな僕を黙って抱きしめてくれた。  どれくらいこうしていたんだろう。周さんに抱きしめられていつの間にか僕の中から恐怖心は消えていた。 「……竜太、守ってやれなくてごめんな」  周さんが消え入りそうな声で僕に言う。  なんで周さんが謝るの?  周さんは何も悪くない。  声が……静かな声だけど、凄く怒った声。僕の聞いたことのない怖い声で周さんはまた「ごめん」と言う。  周さんは俯いたまま、力強く握った拳が微かに震えているのがわかった。周さん、怒ってるんだ。ああ、震えるほど怒ってる。  どうしよう。僕のせいで…… 「周さん、僕は大丈夫。ごめんなさい……来てくれて嬉しい。心配してくれてありがとう。周さん? ねえ、僕は大丈夫だから怒らないで。大丈夫だからね……怒らないで」  すっかり恐怖心が消えた僕は、周さんの震えがおさまるまで抱きしめ続けた。

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