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38 仕返し

 何もするな、なんてそんなの無理だ。俺の怒りはおさまるわけがない。  あんなに細くて弱そうな奴を殴るか? ただぶつかっただけで吹っ飛ぶような奴だぞ? 竜太の顔や腹に残った痣や傷が痛々しくて、正直俺は見ていられなかった。怖かっただろうな……痛かっただろうな。竜太の感じた恐怖を思うだけで怒りで発狂したくなった。  竜太はあれから学校を休んでいる。そりゃそうだ。仮に登校してきたとしても俺が追い返すと思う。無理して学校になんか来なくていい。傷が癒えるまで休むべきだ。  俺の前で笑顔を見せる竜太。しきりに「大丈夫」と俺に伝えてくる竜太。自分があんな目にあっているのに、俺の心配をしている。俺のことなんかどうでもいいのに。腹がたつのと悔しいのとで、いてもたってもいられず保健室に向かった。 「……センセ」  相変わらず気怠そうに高坂がゆっくりと振り向く。俺の顔を見るなり、隠すことなく露骨に嫌そうな顔をした。俺が何しに来たのかお見通しってわけだ。 「橘か。来ると思ったよ。ああ、僕からは何も言えないよ、さっさと授業に出ろ」 何しに来たのかわかっているのに、出て行けという言葉に怒りが爆発してしまった俺は、思わず高坂の胸倉を掴んだ。 「ふざけんな! 竜太に何があったのか詳しく聞かせろよ!」 「……橘、興奮するな。声がでけえよ。他の先生に聞かれたらどうする? お前はこれ以上問題起こすな」  気持ちはわかるから、という高坂の顔を見て、少しだけ冷静になれた俺は呼吸を整え小さく頷いた。 「大丈夫だよ……わかってる。先生、竜太に何があったのかだけ、俺にもちゃんと教えてくれ。仕返しとか考えねえからさ」 「本当だな? わかってんな?」  高坂は溜め息を吐きながらも教えてくれた。 「ある生徒がな、渡瀬くんのことを好きだったらしい。どうしても自分のものにしたかったみたいだけど、渡瀬くんはそれに応えなかった。学校で目立ってるお前と親しくしてるのも気に食わなかったんだろうな。お前の名前を使って呼び出してから腹いせに暴行したようだ」  簡単にそう説明されたけど、訳がわからなかった。なんだよそれ? 好きなやつに暴行すんのか? 傷つけたって振り向いたりしないだろ!  そんなクソ野郎に竜太が傷つけられたなんて、どう冷静になろうとも許せるはずもない。俺がどうにかしねえと気がおさまらねえ…… 「まあ、犯人はわかってるから……渡瀬くんを襲った二人は処分が下ってるし会うこともないだろう。俺からはこれくらいしか言えないよ? おい、橘? 聞いてる?」  名前伏せたって、誰がやったのかなんて調べりゃすぐわかるんだ。 「お前は何もするなよ? いいな、橘」  高坂に顔を覗き込まれ我にかえった俺は「ああ」と軽く返事をし、教室に戻った。  それからすぐに修斗に調べてもらった。修斗は他学年にも知り合いも多く、難なく情報が入ってくる。竜太を襲ったのは一年の|権藤《ごんどう》と|橋爪《はしづめ》という二人。橋爪は権藤の言いなりで、ただ協力していただけ。竜太をあんなにしたのは殆どが権藤だった。  権藤のことは俺も知っていた。あいつが入学してすぐ喧嘩を売られた。言うまでもなく相手にせずに適当にいなしたのだけど、きっとそれも気にくわなかったんだろうな。俺の責任みたいなものだ。  退学の日まで自宅謹慎だというのもわかったから、修斗と一緒に俺は出かけた。  橋爪に至っては俺らの顔を見ただけで怯えきって謝罪してきた。無理やりだったとは言え許されないことをしたと土下座して謝る姿に、二度と竜太の前に顔を出すなと約束をさせた。こいつは退学ではなく謹慎だけで戻ってくる。でも泣いて謝る姿を見てそれ以上は責めることなく俺たちは権藤の家に向かった。  権藤は橋爪とは対照的に俺の顔を見るなり殴りかかって来た。そもそも俺に敵うと思ってんのがムカつく。殴り返して組み伏せると権藤は「お前は渡瀬のなんなんだよ!」と喚き散らした。 「なんでお前が渡瀬にちょっかい出してんだよ! 渡瀬は俺が目をつけたんだ!」  全くもって意味がわからない。竜太は誰のもんでもないし俺のことが好きなんだよ! 権藤が何かを喚けば喚くほど俺は頭に血が上り、怒りのままに権藤を殴りつけていた。  修斗に止められ、俺は権藤から離れる。ゲホゲホと涙を零しながら息を整えている権藤を見下ろし「次竜太に何かあったら殺す」とだけ言い権藤を踏みつけた。正直こんなんじゃ怒りもおさまらなかったけど「やめとけ」という修斗に宥められ気持ちを鎮めた。竜太も仕返しをしてもらいたいわけじゃねえもんな……  何だかんだ俺の事を止めていた修斗も何発か殴っていたから、もうこれで終わりにしよう。 「流石に首絞めちゃ相手死んじゃうからね? 気をつけてね」  そう言って笑う修斗に「すまん」と謝り俺は竜太の家に向かった。

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