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64 スタジオ練習からのデート
「竜太、大丈夫か?」
周さんが心配して聞いてくる。さっき周さんにあんな事をされてしまって、僕は何故だか体に力が入らなくなっていた。疲労困憊……情けない。
「なんか足がガクガクするんです……」
きっと変な風に力が入ってしまったんだ。普通に歩いているつもりでも、心なしか膝が笑ってしまっている。
「お前、あれだけでそんなんじゃ、今晩どうすんだ? 俺、もっと凄いことしようと思ってんのに」
悪戯っぽくそう言って笑う周さん。もっと凄いことってなんだろう。初めてのことで全く想像がつかない僕は本当に大丈夫かな?
僕は周さんと二人でスタジオに向かっている。確か三時頃まで練習すると圭さんが言っていたから。やっぱり周さんは行きたがらなかったけど、僕のせいで行かないなんて絶対ダメ。それに僕は周さんがギター弾いている姿が見たいんだ。
スタジオにつくと、あのモヒカンのお兄さんが受付に座っていた。
「あ、あの……先程はありがとうございました。本当に助かりました」
僕は深く頭を下げてお礼を言った。この人が来てくれなかったら僕はどうなっていたかわからない。お兄さんは雑誌を読んでる目を上げて僕を見ると「ああ」と呟き笑ってくれた。
「竜太君ね。ほんとびっくりしたよ。大丈夫? もう落ち着いた?」
「俺からもお礼を言うよ。隆弘 さん、竜太助けてくれてありがとう」
周さんがお礼を言うと、隆弘さんは目をパチクリさせる。
「おお…… やめろって、周がありがとうなんて気持ちわりい! 圭君達、もうとっくに始めてるよ。早く行きな」
そう言ってまた隆弘さんは手元の雑誌に視線を落とした。
スタジオに入るとみんな何事もなかったかのように接してくれた。
「もう少しで練習終わり。あとは各々自由に」
来たばかりで圭さんにそう言われてしまい、結局僕は周さんが演奏してるところを見ることができなかった。
ああ残念……
練習終わりの三時から夕飯までの間は各々自由に、という事で、僕は周さんと一緒にこの辺りを散策することにした。
まるでデートみたいで嬉しい。周さんとは学校では一緒にいることが多いけど、こうやって学校以外の場所で二人で過ごすなんて初めてのこと。あわよくば手を繋いだり恋人同士っぽいことをしてみたい、なんて頭を過ぎったけど、それはちょっと恥ずかしすぎて無理だと諦める。でも並んで歩くだけでとっても幸せな気分になった。
周さんと一緒に、さっき康介と歩いた通りを並んで歩く。
「あ、そこのカフェで康介とパンケーキ食べたんです」
僕は先程入ったカフェを見つけ、周さんに教えたくて指を指した。周さんは「小腹が減ったから入るぞ」と、僕の腕を引っ張り店に入る。でもあれ? 周さんも甘いもの好きなのかな?ちょっと意外だ。なら、これからはこういうお店も周さんと一緒に気兼ねなく行ける、と嬉しくなった。
「周さん、僕がさっき食べたこれ、美味しかったですよ」
そう、このフルーツが沢山のやつはこの店の一番人気だそう。周さんにも食べてもらいたくて僕はメニューを見ながら説明した。
「あ? 俺はいいや、いらね」
コーヒーだけでいいと周さんはすぐにメニューを閉じてしまった。
「周さん、お腹空いてたんじゃ?」
「俺、甘いのはちょっと……」
え? だって周さんがこの店に入るって言ったんじゃん。食べたいんじゃなかったの? ならなんで入ったの? 僕が不思議そうな顔をしてるのがわかったのか、周さんは溜め息をつきながらボソッと呟いた。
「……康介と一緒に来たんだろ? なら俺も竜太と一緒に来たかっただけだし」
周さんたら、そんな理由で……
ヤキモチを妬いてるんだとわかって僕は思わず笑ってしまった。周さんがこんなに可愛らしい人だとは思わなかった。
「ふふっ、僕甘いもの好きなんです。さっきの美味しかったし、ハーフサイズがあるからまた食べていいですか?」
僕は黙ってる周さんの前で、本日二回目のパンケーキを頬張った。僕が夢中で食べてる間、コーヒーを飲みながら周さんが周りを見渡す。
「なぁ、ここさ……カップルか女ばっかなのな。さっきからやたら女にジロジロ見られてるけど……お前気づいてるか?」
「え? そうですか?」
驚いて周りを見てみると、殆どの女の人と目が合った。僕ら男同士でこんな店に来てるのが珍しいのかな? それにしてもこんなに見られてたんだとびっくりした。
「少しは自覚しろよ? 自分が思う以上、竜太はいい男なんだからな」
周さんは笑うけど、きっと違うよ。僕じゃなくて周さんがかっこいいからみんなが見るんだ。周さんこそ自覚してほしい、とパンケーキを頬張りながら頷いた。
「あ! そういえば周さん、お家の人にお土産とか買わないんですか? 僕、お土産屋さんも行きたいです」
周さんはぽかんとして僕を見る。
「いや、家族にお土産とか考えてもなかったわ……」
そういえば周さんって兄弟とかいるのかな?よく考えたら僕は周さんの事、あまり知らない。
「僕はひとりっ子だけど、周さんて兄弟とかいるんですか?」
「ん? 俺も兄弟いないよ。ひとりっ子だ。お袋ひとり、俺ひとり」
周さんはなんでもない風にそう言ってコーヒーを啜る。周さんはお父さんがいなくて、お母さんと二人きり……なら、
「じゃ、周さんもお母さんにお土産買っていきましょ!」
僕がそう提案すると、周さんはあからさまに面倒臭そうな顔をした。周さんのお母さんだって周さんがお土産を買って行ったらすごく喜ぶと思うんだ。周さんのことだから、きっと普段もお母さんにはつんつんしてるだろうし。
僕らはカフェを出てお土産屋さんに行き、何にしようか考える。色々試食もしてみて、僕はひと口サイズのプチケーキの詰め合わせを買った。周さんは何だか気に入らない様子だったけど、女の人は疲れてる時なんかはこういう甘い物が嬉しいんだよ、と教えると少し納得したみたいで小さな箱入りを購入していた。
ホテルへ戻る途中で康介と靖史さんに会った。二人はこの先の日帰り温泉に行くらしく、僕らも誘われたので一緒に行くことにした。
「あれ、修斗さんは?」
「修斗さんは買い物に行った。兄貴と圭さんは二人でデートだって」
康介がそう言うと、靖史さんがくすりと笑った。
「圭のやつ、陽介が一緒じゃないとワインや酒が買えないからだの、ただの買い物で別にデートじゃないだの、必死に言い訳してたけどかえって可笑しいよな。どんだけ恥ずかしがり屋さんなんだっつうの」
圭さんってかっこいいけど、なんか可愛いところもあるんだな。
それにしても……
今日もまたお酒飲むんだ。
僕は絶対飲まないぞ! 次の日、頭が痛いのはもう勘弁!
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