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気分は急降下
聞いていた通り、周さんは忙しいと言ってなかなか会えない。もともと学校で会うくらいで放課後に何処かへ出かけたり、ましてや休みの日にデートなんかも殆どしないから、学校で会えないと本当に寂しかった。
僕は夏休みの出来事を振り返っては「旅行、楽しかったな……」と、思い出に耽っていた。そうだよ、僕らは付き合っているんだから、休日デートしたっていいんだよね。今度誘ってみよう。
彼女いるんすよね?俺が女なら良かったのに……
ふと志音が言った言葉が頭に浮かんだ。
僕は周さんが好き。勿論周さんも僕の事が好きだと言ってくれてる。
……でも、男同士だよ?やっぱり僕らはおかしいのかな?
女ならよかったのに……か。僕はそうは思わなかった。
なんだかモヤモヤして気持ちが悪い。気分が晴れないのに最近教室では志音が纏わり付いてくる。やたらとベラベラ喋りかけてくるけど、どうしてもぼんやりしてしまい全然話が入ってこなかった。
不意に机の上に置いていた僕の両手に志音の手が重なった。びっくりして顔を上げると、目の前で志音が僕を見て笑っている。
「いいかげん俺に興味持ってくれてもいいんじゃない? さっきから俺の話全然聞いてないでしょ……そんなに俺のこと嫌い?」
志音にしては珍しく真面目な顔。
いや、別に嫌いとかじゃなくて……
「ぼーっとしてた、ごめん。別に嫌いとかそういうんじゃないから……僕、ちょっと考え事してた」
志音は僕の手を握ったまま、首を傾げる。
「悩み事? 俺でよければ相談に乗るよ? 」
せっかく心配してそう言ってくれたのに、僕はやんわりと誤魔化し断った。だってこんなこと言えないじゃないか……
それでも志音は「俺はいつでも竜太君の味方だからね」と言ってくれた。
「ありがと、志音……」
僕は顔をちゃんと上げ、志音を見ながらお礼を言った。正直に話せなくてごめんね、と心の中で謝る。笑顔に戻った志音は「またね」と言って教室から出て行き、気づけば僕は一人になっていた。
今日の部活は行っても行かなくてもどちらでもいいので、気が乗らなかった僕は帰る支度を始める。鞄を取ろうと手を伸ばしたら、中でメールの着信音が鳴った。
周さんかと思って浮かれながら携帯を取り出す。画面を見ると、周さんではなくさっきまで一緒だった志音からでがっかりした。
なんだろう? 忘れ物でもしたかな? 僕は周りをキョロキョロしながら画面を開いた。
『さっき言い忘れちゃったけど大ニュース』
そうタイトルに書いてあり、本文には添付画像が……その画像を見て僕は体が硬直した。
そこには綺麗な女の人と腕を組み歩いてる周さんの姿────
遠巻きでも凄い綺麗な人だとわかる。
なんなの?これ……
『谷中先輩は彼女いないって言ってたけど、やっぱり橘先輩には彼女がいたんだね!すっごい目立つ美男美女カップルだったから思わず写真撮っちゃったよ。隠し撮り、内緒ね』
本文を読む僕は頭の中はもうハテナでいっぱいだった。
なんで? 彼女? 周さんには彼女がいたの?
頭が混乱する。体に力が入らない。だって僕が周さんの恋人じゃなかったの?写真とはいえ周さんが他の誰かと腕を組んで歩いている姿に物凄い嫉妬心がこみ上げてくる。悲しみと同じくらいの怒り……絶望、もうわけがわからなかった。
こんな感情、初めて……
心臓の鼓動が激しすぎて死んでしまいそう。
嫌だ嫌だ嫌だ!
目眩がしてそのまま自分の席に座り込み、僕は机に突っ伏した。涙が止まらない。僕は何をしてるんだろう……
どのくらい時間が経ったのかわからない。ぽんと誰かに肩を叩かれ僕は顔をあげた。
そこには心配そうに覗き込む康介がいた。
「どうした? こんな時間まで……って竜? 泣いてるの? どうした?」
僕の顔を見て康介が慌てる。どうした?わからないよ……どうしたらいいのか僕にはわからない。
「康介、僕……もうわかんないや。僕……僕は女だったらよかったのかな? 僕は男の人を好きになっちゃいけなかったのかな? いけないことだなんて、知らなかったんだよ……でも好きになっちゃったんだ僕は……」
机に突っ伏したまま、僕は康介に頭の中のモヤモヤを全部吐き出した。本当にもう何が何だか分からなくなっちゃったんだ。
「なあ、竜……大丈夫か? なにがあったんだ?」
康介は僕の前に座り込み、心配そうに僕を見上げる。
「……何があったか話せるか?」
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