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オトコの娘

教室に入ると衣装担当の遠藤君が待ち構えていた。 僕は自分の作品製作に手一杯でクラスの準備は全然手伝えなかったから、この教室の変わりようにも少し驚いた。 ちゃんと喫茶店になってる……あたりまえだけど。 机を合わせて可愛い赤いチェックのテーブルクロスを掛け、教室全体が喫茶店らしくなってる中、店の片隅にぽつりと一席だけ配置されてるのが気になった。 「あれは何?」 「あの席は渡瀬君専用席だよ」 どういうこと? 「渡瀬君、人見知り酷いでしょ? 人と話すの苦手な上に女装なんかしてたら色んな人に声かけられて嫌でしょ?だからね、考えたの。女装した渡瀬君があの席に座ってお客さんの似顔絵を描いてあげるの。そうすればあまり人と喋らなくてもいいし、出歩いて声かけられる心配もないでしょ?」 斉藤君は楽しそうにそう教えてくれた。きっと斉藤君は僕が男に襲われた事を知っているから、色々と気をつかってくれたんだ。斉藤君だって女装なんて嫌なはずなのに…… 「斉藤君、ありがとう……僕、凄い嬉しい」 僕も嫌がってばかりいないで明日からちゃんと頑張ろう。似顔絵なんて描いたことないけど、僕が美術部だからと、アイディアを出してくれたんだよね。期待に応えられるように頑張らなきゃ。 「じゃ、これ。渡瀬君いなかったから採寸できなかったけど、斉藤君と殆ど体型変わらないから大丈夫でしょ。二着作ってあるから、どっちを誰が着るか決めてね」 遠藤君が袋を二つ僕らに差し出す。服飾の仕事をしている遠藤君のお姉さんが衣装を作ってくれたらしい。僕らはドキドキしながらその袋の中を確認した。 衣装を袋から取り出すと、ひとつは赤いタータンチェックの何処ぞのアイドルグループが着ていそうな制服風。もちろんミニスカートでハイソックスも入っている。そしてもうひとつはメイドさんの衣装。これももちろんミニスカートだ。 思っていた通りの衣装だけど、やっぱりどちらも選びようがない…… 斉藤君と二人で固まっしまった。どうしようかと考えあぐねていると、斉藤君が「僕らには選べないから、遠藤君が決めて。似合うと思う方」なんて言って、遠藤君に衣装を手渡した。 ……似合うと思う方って、微妙だよね。こんなの似合うと言われても嬉しくない。 そうして遠藤君の一存で僕は制服風の衣装、斉藤君はメイドさんの衣装に決まってしまった。一応今着てみて、手直しが必要なら持ち帰って直すということで、僕らは試着をしてみる。着てみたらびっくりするほどジャストフィットで、悔しいけどピッタリだった。 「凄いね。僕も渡瀬君もぴったりだよ。ねぇ、見て! ウィッグもちゃんと入ってるよ。これもかぶらないと……」 衣装を着てみて楽しくなったのか、若干ノリがよくなって来た斉藤君に栗色のセミロングのウィッグを手渡されてしまった。僕はそれを渋々かぶり遠藤君を見ると、遠藤君は黙って僕を見て頬を赤らめた。 なんだよ、変な顔して…… だから僕が女装したって気持ち悪いだけなんだよ。遠藤君の反応に少し不愉快になり、僕はウィッグを外そうと頭に手をやる。すると斉藤君が声をあげた。 「あ! 橘先輩だ!」 廊下を見ると、そこにはこちらを見ている周さんの姿が。 嫌だ! 見られた! 「竜太探してるんだけど……もしかして、竜太?」 周さんはスタスタと教室に入って来て、俯く僕の顎を持ち、そのまま顔をあげさせられる。周さんには見られたくなかった……恥ずかしくて消えてしまいたい。 「周さん……気持ち悪いでしょ? あんまり見ないでください」 やっとの思いで声を絞り出し周さんを見ると、周さんも真っ赤な顔をして黙ってる。そして同じく赤い顔をして固まってる遠藤君の方を向き「なんだこれ? 竜太は明日からこの格好なのか?」と大きな声で怒鳴った。 突然大声で怒鳴るもんだから、ビックリして泣きそうになる。 そんなに怒るほど気持ちが悪いんだ……僕だって好きで着てるわけじゃないのに。 「勘弁してくれよ……お前それ可愛すぎだよ。明日から大丈夫か?また襲われたらどうするんだよ」 ……? え?今なんて? 可愛い? 僕が? 「……僕が? 可愛いの?」 見ると斉藤君も遠藤君も勢い良く頷いてる。そんな斉藤君も相当可愛いと思うけど…… おずおずと斉藤君が周さんに説明をしてくれた。 僕は僕専用の席でお客さんに似顔絵を書くだけで接客をして回るわけではないので心配しなくてもいいと。 周さんは、斉藤君の話を聞いて少し安心してくれた。そしてとても優しい笑顔で「お前も凄い可愛い顔してるから気をつけろよ」と、斉藤君も気遣った。 「じゃ、もう帰るだろ? 門のとこで待ってるから早くしろよ」 周さんは穏やかな顔に戻り、教室から出て行った。その後ろ姿を見送った斉藤君が小さく溜息を吐く。 「橘先輩って凄く怖そうなイメージだったけど……凄い優しいんだね。びっくりしちゃった」 そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめた。なんだか僕はちょっと複雑。 「ギター弾いてる姿も凄いかっこいいよね。なんか近寄りがたい人だと思ったけど、普通に喋れるんだな……すごいな!」 遠藤君まで少し興奮気味でそう話す。 「周さんもバンドのみんなも優しくていい人達だよ。明日のライブ楽しみだね」 そう話しながら僕は身支度をして、周さんの待つ門のところへ急いだ。

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