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病院

「あ……周さん……大丈夫?」 僕は周さんに抱きつくようにして歩きながら、ハンカチと一緒に真っ赤に染まっている周さんの手を見た。 「ちょっと… …感覚がわからないけど、とりあえず血は止まってんじゃないかな?」 廊下を歩きながら、周さんは力なく笑う。 いつの間にか展示室に一緒にいた修斗さんが後から追いつき、井上先輩は顧問の先生に引き渡しておいたと教えてくれた。僕は興奮状態のまま保健室に向かって歩いていたけど、修斗さんが来たら急に力が抜けてその場にへたり込んでしまった。 「竜太? どうした?」 周さんが心配して覗き込んでくる。周さんの方が大変だっていうのに、どうにも力が入らなくて立ち上がれない。 「ごめんなさい……た、立てない」 「竜太君、腰抜けちゃったんだね」 笑いながら修斗さんは僕を抱え上げ、おぶってくれた。 「先生いる?」 保健室に入るなり、大きな声で修斗さんが高坂先生を呼んだ。その声で怠そうに振り向く高坂先生の顔色が変わった。 「どうした! 竜太くん!」 顔色悪く修斗さんにおぶられている僕を見て高坂先生は慌ててしまったらしい。 「僕じゃないです! 周さん……」 「そう、竜太君は腰抜かしてるだけだから。先生、周みてやって、怪我してんだ!」 高坂先生が周さんの方を見てギョッとする。 「……お前これって」 周さんの手からハンカチを外し、血塗れの手を水道の水で流す。周さんは傷が痛いんだろう。顔を歪めながら水で流している自分の手を見つめていた。 僕は修斗さんにベッドに降ろしてもらって周さんの様子を見ていたけど、次から次へと恐怖がこみ上げてきて体が震えてしょうがない。 「………えっうぇっ、あ……あまねさん……」 周さんが心配なのと怖いのとで涙が止まらない。僕のせいで大変なことになってしまった。 「……何があった? なんで橘はこんな怪我してんだ?……これ、刃物傷だろ?」 高坂先生はしばらく僕を見ていたけど、泣きじゃくる僕じゃ話にならないとわかったようで、さっきから黙っている周さんを見る。 「おい! 橘! ちゃんと話せ!」 いつまでも黙っている周さんに高坂先生が大きな声を出して怒った。 「あのね、俺途中からしかわからないんだけどさ……周と竜太君の仲を嫉妬した井上がナイフで竜太君の作品を切ろうとした……絵の前に竜太君がいたから、慌てた周が竜太君を突き飛ばして、ナイフを払った。で、そのはずみで怪我した……と。そうだろ? 周」 周さんの代わりに修斗さんが説明をする。 「……ん、咄嗟だったから俺、ナイフの刃の方を掴んで払っちまったんだろうな」 手のひらの一直線についた傷を眺めながら、周さんがぽつりとそう言った。 「そっか、まあとりあえずだ。傷はそんなに深くはないとは思うんだけど、念のため病院に行け。今から送ってくから」 応急処置をした高坂先生が、手早く白衣を脱ぎながら周さんに言う。 「俺、後夜祭のビンゴ行って来るからさ、間に合えばお前の分もエントリーしてちゃんと景品ゲットしといてやるよ」 修斗さんはそう言うと、「また後でな」と言ってさっさと体育館へ行ってしまった。 「竜太くんはどうする?」 高坂先生が僕に聞く。 「あ、僕も……うん、一緒に……いぐ……」 なんとか立ち上がれるまで復活した僕は、涙は止まらなかったけど高坂先生に車を出してもらい周さんと一緒に病院へ向かった。 康介にも一応電話で連絡を入れておいた。動揺してたから、ちゃんと伝わったか少し不安だけど…… 周さんが診察を受けているあいだ、待合室で僕は高坂先生と待つ。あの時の様子を思い出し怖くてしょうがなかった。 周さんの手……あんなに血が出てて。ギターが弾けなくなっちゃったらどうしよう。そればかりが頭をぐるぐると過る。 「竜太くん? 大丈夫…? ちょっと落ち着こうか 」 高坂先生が震える僕の手を優しく握ってくれる。 「傷は深くないはずだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ、ね? もう泣くな」 僕は涙を拭って小さく頷く。うん、大丈夫。そうだよね? 先生もそう言ってくれてるんだ。 「おい、高坂! 今すぐその手を離せ!」 周さんの声に驚き顔を上げると、診察を終えた周さんが目の前に立っていた。 「竜太もなにいつまで泣いてんだよ。俺 大丈夫だぞ? 傷も浅いしすぐ治るって」 僕の頭にぽんっと手を置き、にっこり笑う。 よかった。 ほんとによかった…… 安心したらまた涙が出てきてしまった。 「なぁ、センセ。今度は圭さんちまで送ってよ。俺、手が痛い」 甘えた声で周さんが高坂先生に言う。 「ライブの打ち上げ、圭さんちでやるんだよ。遅くなっちまう……」 そっか、このまま送ってもらえれば早く着けるよね? 僕も先生にお願いしてみる。ちょっと調子いいかな? なんて思ったけど、周さん怪我してるしこういう時ぐらいいいよね? 「僕は圭くんの家なんて知らないよ。遠いのか? ……てか、歩くのに手は関係ないよな? ……はぁ、まあしょうがねぇか。今日は特別だぞ? 送ってやるよ」 渋々だったけどまた車で送ってくれることになった。 僕らはまた高坂先生の車で学校に戻り、荷物を持って今度は圭さんちに向かった。

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