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借り物競争

僕は周さんの事を考えながら綱引きの様子をぼんやりと眺める。本当にどうしちゃったんだろう…… 「渡瀬君? そろそろ借り物競争の選手、呼ばれるよ」 声をかけられ振り返ると、そこにいたのは同じ白組の先輩だった。同じ組だけどこの人のことは知らない。二年生なのか三年生なのかも僕には分からなかった。「誰ですか?」とも聞けず、ただ僕がぼんやりしてそうだから気を使って声をかけてくれたのだとそう思うようにした。 「俺も借り物だからさ、 一緒に行こうぜ」 そう言った先輩はいきなり僕の手を取った。僕は歩くのだってそんな遅くないし、わざわざ手を引いてもらわなくても急いで歩ける。ちょっとムッとしながら僕はそっとその手を離した。 「俺、二年の島村ね、よろしく。渡瀬君、頑張ろうね! 」 手を離したのに、またさっと手を取られてしまう。この先輩はなんで僕の名前を知っているんだろう? と一瞬思ったけど、それよりも手を繋がれている方が気になってしまい振りほどこうと手を振った。 「あ、あの……手… 」 僕は 若干馴れ馴れしいこの先輩にうんざりしながら、引っ張られるように集合場所に向かう。僕が手を離そうとしているのはわかっているはずなのに、この先輩はちっとも離してくれなくて困ってしまう。集合場所に近付いてくると、その場所に周さんの姿が見えた。 そういえば周さんも借り物競争に出るって言ってたっけ…… 「もう手を離してください」 僕がそう言っても何故かぎゅっと握り返されてしまう。どうやら手を離す気はないらしい。集合場所に到着する前から、この状況は周さんのいる場所からでもわかってしまう。周さんは僕に気がついてじっとこちらを見ていた。 いつもなら「手を離せ!」とかなんとか言って怒って向かってきそうなものなのに、周さんは僕と島村先輩を睨みつけたまま何も言ってこなかった。そして何も言ってこない上に、ふいっと僕から目をそらしそれっきりこちらを見ることはなかった。 僕がさっき周さんに怒鳴ってしまったからかな……? 周さんの態度に僕は胸がキュッと痛くなった。 「一年が最初でしょ? 頑張って一着になってね! 応援してるよ!」 そう言って、島村先輩はやっと僕の手を離してくれた。 もう順位なんてどうでもいい……そう思いながら僕は同じ白組のクラスメートと一年の集合場所に並んだ。 借り物競争は、スタートしてから障害物の跳び箱をひとつ越えて、その先に並ぶお題のカードを選び、そのお題を持ってゴールする。ゴールには審査員がおり、お題をマイクで読み上げてから、持ってきたものが正しいか判断してもらい、オッケーならゴールとなる。 この競技の勝敗は足の速さより、運だ。 お題がいかに簡単な物かにかかってる。どうかふざけたお題に当たりませんように……と僕は祈った。 合図とともに借り物競争がスタートする。僕は第三走者だから、先にスタートする仲間を見守った。 あちこちから笑いが起こってる。「カツラの人はいませんかー?」……そんなの自ら名乗り出る人なんていないだろうな。あんなお題を引いてしまったらまずゴールは無理だ。そんな事を思いながら応援していると、猛ダッシュでこちらに来る選手が見えた。 「悪いっ、一緒に来て!」 僕はお題が何なのかわからないまま、その青組の選手に手を引かれ、一緒に走らされてしまった。僕は訳も分からずその人とゴールまで来ると、審査員がマイクで叫んだ。 「学年で一番可愛いと思うやつ!」 まわりで歓声があがる。 「はい、オッケーね。 一着ゴール!」 青組の応援席から歓声が上がった。「ありがとな」とお礼を言われたけどなんだか釈然としない。なんなんだよ、可愛いって…… 「僕、別に可愛くないのに 」 可愛いと言われ、納得はできなかったけど、一着でゴールをした奴に笑顔でお礼を言われ、人の役に立てた事がちょっと嬉しく思った。 「でも、やる前から疲れちゃったじゃん… …」 小さく呟きまたスタート地点へ僕は戻る。第二走者のレースも終わり、いよいよ僕の番。 緊張する。 どうか簡単なお題でありますように……。 スタートの合図と共に、皆が一斉に走り出す。お題のカードが目の前に二枚。そう、僕は足が遅く出遅れたために、選べるカードはもう二枚しか残っていなかった。 ドキドキしながらカードを取る。 「………… 」 目に飛び込んできた文字に、僕はホッと安心した。これなら簡単だ。僕は一目散に救護テントへ走った。 「先生! 白衣貸してください!」 僕は高坂先生にカードを見せる。そこにはひとこと「白衣」と書かれてあった。 「先生! 早くっ!」 すると先生はモタモタと「え? 脱ぐの? 嫌だなぁ……」と言って全然脱いでくれない。 「お願いっ! 先生、早くして」 すると高坂先生はしょうがないなぁと言いながら僕に向かって両手を差し出した。 「……?」 「一緒に行ってあげるから連れてって」 あぁもうっ! なら初めからそうして欲しかった。そう、一緒に行った方が早いもんね。 「ありがとうございます!」 僕は高坂先生の手を取り、なんとかゴールする事が出来た。 ものすごく疲れた…… 借り物競争の集合場所に戻ると、周さんと目が合った。やっぱりまた周さんは僕から目を逸らして知らんふりをする。 ……なんか嫌だな。胸ががキュッと痛くなった。 一年が終わり、今度は二年生の番。僕はその場からぼんやりと借り物競争の様子を眺める。そこら中から応援の声が上がってるけど、僕は気分が落ちてしまって応援する気も起きなかった。 あ、周さんの番だ。スタートの合図と同時に一斉に走り出す。周さんも意外にも走るのが早くて驚いてしまった。 周さんはカードを取ると、物凄い勢いですぐ近くの応援席にいる生徒のジャージのズボンを脱がし、そのズボンを掲げてあっという間にゴールした。 まわりは大爆笑。そして周さんの圧勝だった。 周さんがこちらに戻るも、やっぱり僕の方は見向きもしない。 もう嫌だ……寂しくてしょうがない。

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