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康介の返事

学校に来たものの、なるべくなら修斗さんには会いたくなかった。 俺は下を向き、最短距離で足早に教室に入る。自分の席につくなり机に突っ伏し顔を隠した。 「康介おはよう……」 隣から遠慮がちに竜の声が聞こえる。俺は顔だけ竜に向けて、とりあえず「おはよう」とだけ言って、また机に突っ伏した。 修斗さんとまた前みたいに仲良くしたい……でもあんなことになってしまってどのツラ下げて会えばいい? 謝って仲直りしたいのにそれをする勇気も湧いてこないで、こうやって逃げるように身を隠すことしかできない。そんな気持ちなのを見られたくなくて顔まで隠して……情けない。 悶々と考えていたら、ガタガタと机が揺れる音がする。何事かと顔を上げたら竜が俺の机に自分の机をくっつけていた。 何してんだ? 見てると竜も俺と同じポーズで机に突っ伏した。そして顔だけ俺の方を向けてにっこり笑う。 「康介、素直になぁれ」 満面の笑みで俺に言った。 ……なにこの子。どうしちゃったの? 思わず笑ってしまうと、竜が嬉しそうな顔をした。 「康介やっと笑った!」 そう言って竜は突っ伏したままでクスクス笑った。 男二人で机に突っ伏し、顔だけ向かい合った状態で笑い合ってる姿……客観的に見てどうかと思う。けど竜らしいな、とその気遣いが嬉しかった。 「康介、少しはリラックスできた?」 「ありがと。大丈夫だよ……心配かけてごめんな」 そう言ったところで、目線の先、廊下の窓に小峰の姿を見つけた。 窓の所で佇み、小峰はじっとこちらを見ていた。 あ!……やべ、忘れてた。 俺、小峰に告白されてたんだっけ。修斗さんの事ですっかり頭から消えていた……ちゃんと考えてやらなきゃと思って返事を待たせてたのに、俺ってばなにやってんだか。 「竜、ありがとな! ちょっと俺、用事思い出したわ」 「修斗さんのとこ行くの?」 このタイミングでそんなこと言ったらそりゃそう思うよな。嬉しそうな竜に「そうじゃないんだ」と首を振る。 「違うよ……修斗さんに会う勇気はまだ出ないや」 竜は小さく「そっか」 と呟くと、また机に向かって突っ伏してしまった。 俺は廊下にいる小峰のところに行く。小峰は俺に手を振り笑顔を見せた。 「ほんとに渡瀬君と仲がいいんだね」 小峰は笑ってそう言うけど、その表情は何となく微妙で怒らせてしまったかな? と心配になった。 「なぁ、小峰。授業始まるけどちょっと時間いいかな? 話がしたい……」 俺がそう言うと、小峰は黙って頷いた。 俺達は二人、屋上へ行った。いつも昼に来る奥の場所。並んで座り、少しの沈黙。俺はどう話を切り出したらいいか悩んでしまう。 「こないだの返事、くれるんでしょ?」 小峰が俺の顔を覗き込みそう聞いてきた。少し悲しそうにも見えるその笑顔に胸がキュッと痛くなる。小峰はきっと俺がどう返事をするのかわかってるんだ。 「うん……俺さ、小峰の事好きだよ? でも小峰が俺を想う好きと、俺の言う好きは違うんだよ。だから友達としてなら付き合えるけど、恋人同士としては付き合えない」 小峰は下を向いてるからどんな表情をしているかわからない。 やっぱり傷つけてしまっただろうか? 待たせてしまったことで期待をさせてしまったかもしれない。 「小峰……ゴメンな」 もう一度小峰の顔を伺い見ると、ゆっくりと顔を上げた小峰と目が合った。 「謝らないでいいよ……もしかして康介君、好きな人いるの?」 少し目を赤くした小峰が俺に聞く。 好きな人── 俺の中にあるこの「好き」は小峰の抱いてる「好き」と同類なんだろうか…… 俺にはわからなかった。 「……好き、なのか俺にもわからない」 そう呟くと、小峰は俺の膝に手を置き「わからないんじゃ、それはきっと好きじゃないんだよ」と言って笑った。

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