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アルバイト初日
放課後──
僕は帰り支度をして部室……ではなく三年生のフロアへ急いで向かった。
今日はアルバイト初日。
バイトリーダーの陽介さんと一緒にお店に行こうと思って陽介さんの教室へ向かう。
「あれ? 竜太君じゃん。どうしたの? 相変わらず可愛いねぇ」
後ろから声をかけられ驚いて振り向くと、見覚えのある先輩が立っていた。
「………… 」
「俺、純平ね! 忘れちゃった?」
そうだ! 純平さんだ。陽介さんの友達。名前忘れてた……
「どうしたの? 陽介に用事かな? 陽介なら教室にいるよ。呼んできてやるよ」
そう言って純平さんは教室へ走ってくれた。純平さんは陽介さんを呼ぶと、じゃあね! と言って帰ってしまった。
あ…… お礼言いそびれちゃった。
「竜太君お待たせ。一緒に行くか」
教室から陽介さんが出てきて、僕らはバイト先に向かった。
バイト先の喫茶店は学校から近くて都合がいい。店の裏口から入るとすぐにロッカールームがある。僕は慣れない手つきでエプロンを着けようと腰にあてる。しばらく悪戦苦闘していたけど、結局うまくできずに陽介さんに着けてもらった。
エプロンも着けられないなんて初日から情けない……
「お! なかなか似合ってるじゃん!」
制服に着替え終わった僕を見て、陽介さんが褒めてくれた。
「ありがとうございます。でも、格好だけじゃ……頑張ります!」
僕は頬をパチンと叩き、気合いをいれた。
今日は陽介さんとホールのお仕事。
働く時間も二時間から何時間でも…… ホールを二人から三人でうまい具合に入れ替わるように調整して、融通もきく。
でも話を聞いたら、こういった調整もバイトリーダーの陽介さんがやっているらしいので、あまり迷惑をかけないように僕は時間を決めた。
今日は早くに上がる陽介さんと入れ替わるように、途中からもう一人の先輩も入る。
それまでにはお客様からオーダーをとったり運んだりがスムーズに出来るようになっておきたいな。
緊張してるからといってびくびくしてないで、積極的に頑張らないと!
陽介さんからひと通りの流れを説明されてると、ベルの音が鳴り最初の客が入ってきた。
「早速竜太君、行ってみようか? 」
まずは慣れるためにどんどん動けとアドバイスされた。僕はドキドキしながらテーブルに向かった。
「……ああ」
緊張して損した気分だ。
「ちょっと! 竜太くん? いらっしゃいませは? 僕がお客でもそういうのちゃんとやってくんないと!」
最初のお客様は、高坂先生だった。でも逆に緊張がほぐれてよかったかもしれない。
「先生、いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
僕は陽介さんに言われた通り、とびきりの笑顔を意識してお客様に注文を伺った。
僕の接客に、満足そうに先生が笑ってくれた。
「じゃあ、いつものね 」
「………… 」
いつもの? 僕は今日が初めてだから先生のいつも頼んでいるものがわからない。きっと先生は僕が困ると思って、面白がってそう言ったんだ。でも慌てない…… 陽介さんがいるんだ。ちゃんと聞けば大丈夫。
「かしこまりました!」
僕はそう言って、一旦陽介さんの所へ戻った。
「陽介さん、先生のいつものって何ですか?」
「ああ、あいつのはこの店のスペシャルブレンド…… でもテキトーでいいよ、あんな奴のは」
陽介さんは先生のこと、よっぽど嫌いなんだろうな。一度も先生のいるテーブルを見ることなくコーヒーを淹れる。
「そうだ、これをあいつに出しながら、本日のオススメも言ってごらん。高坂なら注文してくれるよ。売上UPよろしくね」
陽介さんにそう言われ、僕は「スペシャルブレンド……オススメ……」と、頭の中で何度も復唱した。
陽介さんが淹れてくれたコーヒーを持って高坂先生のテーブルへ行く。
「お待たせいたしました。ご注文のスペシャルブレンドです」
少し手が震えてしまったけど、溢すことなくテーブルに置けた。にこにこして僕を見ている先生に、陽介さんに言われた通りオススメを言ってみる。
「先生。今日はナッツとレーズンのたっぷり入ったビスコッティがオススメなんです。一緒にいかがですか? コーヒーによく合いますよ」
そう言うと、先生はすんなりとそれも注文してくれた。
しばらくすると、お客も少しずつ入ってくる。
僕は仕事に慣れるために、なるべく自分がオーダーを取りに行くように張り切って動いた。
少し経ってから、もう一人のバイトの先輩が入ってくる。
「あの……僕、今日から入りました渡瀬です。よろしくお願いします」
かなり背の高いその人は、ちょっとツンとしていて冷たい雰囲気。僕をチラッと見て小さな声で「よろしく」と言うと、オーダーを取りにさっさと行ってしまった。
……名前、なんていうんだろう。
テーブルを片付けていたら、高坂先生に呼ばれた。先程お勧めしたビスコッティをお土産に持ち帰りたと言って、また買ってくれた。ご機嫌で会計を済ませて帰っていく先生に頭を下げていると、さっきの先輩が声をかけてきた。
「俺、須藤な……渡瀬は今日からだっけ? なんかもう慣れた感じだな」
須藤さん。さっきは冷たい感じがしたけど、よかった。話しかけてもらえた。
それからはバタバタと仕事をして、気がついたら陽介さんの上がり時間だった。仕事を上がる陽介さんに合わせて僕は休憩をもらう。
「簡単な軽食が賄いでもらえるから、腹へってんなら遠慮せず中に言いなね」
丁度お腹がすいていたので助かったと、早速僕は賄いを頼んだ。
休憩時間はロッカールームで過ごす。陽介さんに初めての割に堂々としていて良かったと褒められた。あっという間に手渡された賄いのサンドイッチも凄く美味しい。
「陽介さんはこの後圭さんと会うんですか?」
帰り支度をしている陽介さん。ちょっと慌てた感じに見えたから待ち合わせでもしてるのかな?
「そうだよ。圭ちゃんと過ごす時間を増やすために俺、最近バイト時間減らしたんだよね」
「なんかすみません。僕、圭さんに料理教わって、お邪魔ですよね……」
そう言って頭を下げると、そんな事ないよと笑ってくれた。
近々圭さんに連絡してメニューを相談しよう。早く決めて、自分一人で出来るように練習しないとな。
それにあんまり放ったらかしにしてて周さんに気づかれちゃいそうだし、僕が圭さん独占しちゃって陽介さんにも申し訳ないからね……
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