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バイトの後のお料理教室
今日も僕はアルバイトに向かう──
クリスマスライブの打ち上げの日以来、須藤さんとは会っていなかった。多分今日のシフトは須藤さんと一緒だ。 あの時、須藤さんは凄い酔っ払ってたけどなんかちょっと気まずいな……
裏口からロッカールームへ入る。
「おはようございます」
既に奥には着替えを済ませた陽介さんがいて、僕に挨拶をしてくれた。
「ライブの時はお疲れさん。周と先に帰ったんだな」
「はい…… 周さんにイルミネーションの綺麗な公園に連れてってもらいました 」
すごく嬉しかったから、思わず陽介さんにも話してしまった。ちょっと恥ずかしい……
「周もロマンティックなとこあるんだな」
そう言って陽介さんは「ご馳走さま」と僕の肩を叩いた。
僕も支度を済ませ、ホールに出るとすでに須藤さんが接客をしている。こないだの須藤さんの酔っ払いっぷりを思い出し、僕は少し緊張してしまった。
そんな僕の気持ちを知ってか「康介と須藤には俺がしっかり説教しといたからな」と、陽介さんがそう言ってクスクスと笑った。
注文を取った須藤さんがカウンターにいる僕の所へ歩いて来る。
「須藤さんおはようございます」
「お、おはよ…… こないだはゴメンな」
いつも無表情で冷たい感じの須藤さんが照れ臭そうにしてるのがちょっと新鮮で、思わず笑ってしまった。緊張して損しちゃった。
「……なんだよ、笑うなよ」
須藤さんはそう言って、陽介さんからコーヒーを受け取りお客様のいるテーブルへ行ってしまった。
僕もすぐに呼ばれ、注文を取りに行く。
「……あ、高坂先生。お疲れ様です」
僕を呼んだはの高坂先生。本当にこの先生はよく来るな。僕がバイトに入っている日は殆ど来店していると思う。なんとなしに陽介さんに聞いた時も「毎日来てるんじゃね? 暇なんだろ」なんて言っていた。
「竜太くん、いつものね…… あ、あとビスコッティもちょうだい」
「はい。いつものコーヒーとビスコッティ、かしこまりました」
先生は帰り際、アルバイトも慣れてきたみたいで接客が良くなったよ、と僕を褒めてくれた。
ちょっと嬉しい。さっきも陽介さんに褒められたばかりだから。僕もやれば出来るんだなと、少しだけど自信がついた。
バイトも終わり、ロッカールームに向かいながら僕は陽介さんに話しかけた。
「すみません、今日は圭さんちに少し寄らせてもらいますね」
「うんわかった。じゃ、俺ももう上がる時間だし一緒に帰ろっか」
僕は陽介さんが上がるのを少し待って、それから一緒に圭さんのマンションに向かった。
「あの…… 須藤さんっていつもあんな感じなんですか? 素っ気ないっていうか…… 冷たい感じ、っていうのかな? こないだの酔っ払ってた姿が普段と全然違くて僕、驚きました」
帰り道、陽介さんに気になっていたことを聞いてみたら、笑われてしまった。
「だな! 須藤は普段からあんな感じだけど…… あいつ本当は凄く優しくていい奴なんだよ。見た目で判断しないでやってくれな」
うん、陽介さんの言う通り須藤さんが優しいっていうのは何となくわかっていた。新米の僕の事をよく見てくれてて、困った時はさりげなくちゃんとフォローしてくれる。
「面接の時な、須藤もホールにいたんだけど、竜太君見てさ 凄い可愛い顔してるからって心配してたよ。夜道が危ないって」
そう言って笑う陽介さんを見ながら、僕はアルバイト初日の事を思い出した。
そっか…… なんかちょっと違和感あったのはこれだったのか。
「優しいですね。バイト初日に須藤さん、同じ方向だからって帰り僕の家まで一緒にいてくれました」
そう言うと陽介さんは驚いた顔をした。
「……あいつ、竜太君の家とは逆方向だと思ったけどな?」
え?……じゃぁなんで?
「逆方向なのに、それはちょっとやりすぎだよな。俺が須藤にそれとなく聞いてみるから、竜太君はあまり気にするなよ…… まあ変な奴じゃないのは俺が保証するから」
僕が不審な顔をしたのがわかったのか、陽介さんはそう言って僕の肩を叩いた。
「あ! そうだ。圭ちゃんち行く前に、コンビニ寄らせてね」
陽介さんにそう言われ、近くのコンビニに立ち寄り、そして僕らは圭さんの家に到着した。
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