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周の偵察

俺はこっそりと竜太の仕事っぷりを見に行く事にした。帽子をかぶってサングラスをして…… 意気揚々と竜太の働く喫茶店に入った。 店内に入った瞬間、大後悔── ザッと見た限り、全く客がいない。ガラガラな店内…… なんてこった! ダメだ! こんなんじゃバレる! 慌てて引き返そうと思ったら、思いがけなく店員に声を掛けられてしまった。 「あ! D-ASCH の周さんですよね? 俺、こないだのクリスマスライブ行ったんですよ! その後の打ち上げも!」 男の店員が嬉しそうな顔をして俺の事を見ながら握手を求めるように手を差し出してくる。 なんだよこいつ! 俺はお前なんて知らねえよ! てか、あれ? やっぱ俺、見たことあんぞ、こいつ…… 「あっ!」 思い出した! 「お前! こないだ夜、竜太と家の前いたよな? なに? なんで竜太と一緒に家の前にいたんだよ! なんで?」 そうだよ! こいつ、俺が竜太の家の前で見た男だ!こいつのせいで俺はどん底な気分を味わったんだ! 思い出すだけでも気分が悪い。 「竜太? あぁ……渡瀬か。なんで? って、あいつ可愛いから俺が家まで送ってやったんですよ」 はっ? 誰が可愛いって? 「テメェ! 人の大事なもんに向かって、ニヤついて可愛いとか言ってんじゃねえよ!」 そいつの言いっぷりが癪に触って掴みかかろうとしたら、陽介さんに名前を呼ばれた。陽介さんの声が思いの外デカいから俺は慌ててしまった。 勘弁してくれよ…… 「ちょっ? 陽介さんっ! ……. 声! 竜太にバレるじゃん!」 竜太がどこにいるかわからなかったけど「周!」なんて大声で呼ばれたらバレちゃうじゃんか。 でも陽介さんは俺だってバレバレだって言うし、どっちみち今日は竜太はシフト入ってないって言うし…… なんだよもう…… 竜太いないんじゃん。 あ! でも、いなくてよかったのか。バレなくてよかった…… 「陽介さんコーヒーください」 俺は気が抜けてしまいそのままテーブルについた。何も頼まないのも悪いので取り敢えずコーヒーを注文する。 「お前らさっきは何揉めてたんだ? 周も変装以前にあんなにデカい声あげて騒いでたら竜太君いたらバレるじゃん」 だって…… こいつが竜太のこと…… 「そうだよテメェ、人の大事な竜太に向かって可愛いってなんなんだよ! 可愛いのは事実だけどよ…… 知らねえ奴に言われんのはムカつく 」 「は? 大事な竜太って……」 須藤とかいう奴が俺の言葉にポカンとした。 すると俺たちの間で話を聞いていた陽介さんが口を挟んだ。 「そうだ、須藤。竜太君の初日、なんでわざわざ家まで送ってやったんだ? 竜太君は同じ方向だから送ってくれたと思ってるみたいだけど…… お前竜太君ちと逆方向だろ?」 はぁ? なんだよそれ! 油断も隙もねぇな! 「お前! 下心あんじゃねえだろうな?」 思わず立ち上がって須藤の髪を掴んだら陽介さんに思いっきり頭を叩かれた。 「お前いちいちうるさいよ! 周は黙ってろ!」 なんだよ陽介さん。めっちゃ頭痛え…… しょうがないから俺は黙って須藤の言い分を聞くことにした。 「いや、渡瀬の奴あんな顔してるからさ、バイト後一人で夜道歩くのは危ないかなって思って……いや、あいつだって男なんだけどさ……」 須藤は段々と歯切れ悪く、小さな声になる。 「俺、ひとつ下の弟がいて…… 弟もまあまあ可愛い顔してんすよ。で、前に夜道で男に襲われた事があって…… それ以来、人が怖くて引きこもりなんです。……男だからって油断してると危ないの俺わかるから……」 言いにくそうに須藤は竜太を送った理由をそう話した。 なんだよこいつ、親切な奴じゃん。 「おい、お前! ありがとうな。竜太の奴、何度も襲われたことあんのに無自覚なんだよ…… 誤解して悪かった!」 俺は須藤に下心が無いとわかって安心した。

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