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母の愛
散々飲んだ後、靖史さんと別れて俺は家に帰ろうと歩き出した。
一人で家にいるのもつまらない…… 竜太がいないという事実に、酔いも手伝ってか寂しさが倍増した。
ふとここから修斗の家が近いことを思い出し、そのまま俺は自宅ではなく修斗のマンションに足を進めた。
「………… 」
歩きながら修斗の携帯に電話をかけるも全然出ない。イラつきながら何度かかけてるうちにやっと修斗の声が聞こえた。
「なに? どうしたの?」
「今お前んちの前! つまんねえから一緒に飲もうぜ」
怠そうな修斗の声も気にせずに、俺はそう言ってインターホンを鳴らす。
「はぁ? 俺言ったじゃん! 今日は康介とこれから初詣行くんだよ」
「いいから早く開けろよ」
修斗は渋々俺を部屋にあげ、めちゃくちゃ不機嫌そうに文句を言ってきた。
「お前、今年も変わらずマイペースだな! 俺は康介とこれから初詣行くんだよ? だからお前とは一緒に飲めないよ。早よ帰れ」
修斗の後ろでは康介も不満そうな顔をしている。
「なんだよ、康介文句あんのか?」
「は? ありますよ! 邪魔しないでください」
腹が立って康介に「お前が帰れ」と言った途端に修斗に頭を叩かれた。
「それはお前だろ!……周? 周がこれから竜太君と初詣に行くのに康介が急に来て、竜太君と飲もうぜ! ってなったらお前どう思う?」
………?
「はぁ? 何言ってんの? 康介馬鹿じゃね? 俺らの邪魔すんなや! …… って思うに決まってんじゃん!」
「それな! 今の周とどう違うんだ?」
「あ!」
自分がつまんねえからって、全然気が付かなかった。そうだよ、めちゃくちゃ勝手じゃんか俺。
「そうだな! 悪かった! 邪魔したな俺。ごめんごめんっ、帰るわ…… 」
酔っ払ってたとはいえ、随分と身勝手なことしちまった。修斗に指摘されやっと俺が邪魔者だと気がついた。俺は平謝りでトボトボと家に帰った。
つまんねえな……
竜太、早く帰ってこないかなぁ。
家に帰ると珍しくお袋が帰ってきていた。
「あら! 周、おかえり! あけましておめでとう。今年もよろしくね」
お袋も既に飲んでいるのかご機嫌だった。
「ねぇ、今日は竜ちゃん一緒じゃないの? 私も一緒にあけおめしたかったのにぃ」
「お袋、ご機嫌だな。うるせえよ」
俺がそう言うと、にっこり笑った。
「だって周と一緒に飲めるじゃない。嬉しいにきまってんでしょ。もう出かけないんでしょ? ほら、たまにはいいじゃん、いらっしゃい」
しょうがないからお袋に付き合い、二人で乾杯した。ウイスキーかと思ったら、俺のグラスは麦茶だった。
「今日はライブだったんでしょ? 竜ちゃん来なかったんだ」
俺は竜太は家族旅行だと伝えると、お袋は驚いた顔をした。
「あんたと大違いね! 誰かさんは私が外で近寄っただけでも不機嫌な顔して逃げるのに。竜ちゃんは親孝行でとってもいい子ね」
「なんだよ、お前が外で会うと必ず俺の腕にくっついてくるからじゃんか! …… そうだよ、そのおかげで竜太が勘違いして泣いたんだろ? ああいうのはほんとやめろって……」
お袋は思い出して軽く笑った。
「そうだったそうだった。私があんたの親だってわかった時の竜ちゃんの顔! ……でも、あんな事ですごいショック受けて泣いちゃって…… 竜ちゃん本当に周の事が大好きなのよね。私、凄く嬉しいのよ。竜ちゃんの事、大事にしなさいよ」
そうだよな…… お袋の言う通りだ。
「お袋は、俺が男相手に恋愛してるのってなんとも思わないの?」
頭の中でモヤモヤしてる事を思い切って聞いてみた。
「はぁ? 何今更なこと言ってんのよ。周ったら可笑しいわね!」
また笑われる。一応俺でも悩んでこうやって話してるんだけどな…… 親のくせに笑い飛ばすなって。
「── 正直ね、周が竜ちゃんの事を恋愛対象として好きだってわかってから、そっか私は孫を抱くことは無いのね……って思ったわ。でも、それだけ。別にどうしても孫の顔が見たいってわけじゃないし。跡取り云々も私にはどうでもいい事……」
笑いながらも、俺の目をしっかりと見据えて話すお袋はいつもの軽い感じには見えず、子どもの俺と対等になって真剣に話してくれてるのがわかった。
なんだか胸の奥がそわそわしちまう。
「周? 私が一番大切にしてるもの、何だかわかる?」
突然そう聞かれて、俺は首を傾げた。
「私の大切にしてるもの…… あなたよ 周。私の大事な大事なひとり息子。だからそのあなたが幸せになれるなら何だってするし、あなたが幸せだと思うことなら何だって構わないの。生涯共にする相手もあなたが選んだ人ならそれでいい。あなたの人生、悩んだって躓いたって、後悔しないように自分で決めなさい。相談に乗ることは出来るけど、決断するのは周でしょ? まるっきり後悔のない人生なんて無理だけどね、出来るだけ悔いのない生き方をさせてあげたいと思ってる」
「………… 」
なんだか、言葉が出ねえや。
「あ! でもあんたが間違った事をしてれば全力で止めにかかるからね。そこんとこはちゃんと見てるんだから!」
そう言ってお袋はまた笑った。
「ありがとう……」
お袋はちゃんと俺の事考えてくれてたんだよな…… 俺、少し勘違いしてたかも。
「…… ごめんね周。こんな母親だけどさ、あなたの事が何より大事なのはわかってね……」
そう言ってお袋は俺の事を抱きしめた。
こんなの子どもの頃以来だよな…… お袋ってこんなに小さかったっけ? 華奢な体で毎日頑張ってんだもんな。
俺もしっかりしないとな……
俺よりもはるかに体の小さいお袋の頭を優しく撫でながら、不覚にもちょっと泣きそうになってしまった。
早く竜太に会いてえな──
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