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ヤキモチからの転落
僕の言葉に、素直にごめんなさいと伊織が謝る。
それなのに何?
「……いいよ伊織。気にすんな」
凄い優しい顔をして周さんは伊織を庇った。何で周さんが伊織にそんなこと言うんだよ! 僕はイライラしていたのもあって思わず周さんを睨んでしまった。「何で?」だなんて言わなくても分かるだろ? 伊織を叱った僕の立場がないと言ったものの、でもそんなことより本当は周さんが伊織に優しい顔をして庇った事へのヤキモチで気が立ってしまっていたから……
自分よりずっと歳下の伊織に嫉妬してる自分も凄く嫌で情けなくて泣きたくなってくる。
周さんから視線をそらし一人モヤモヤしていたら、遠くで電子レンジのチンって音が聞こえた。甘い匂いも漂ってきて、クッキーが焼けたことに気がついた。
僕はまた周さんに待っててもらい、急いで階下へ走る。
うまく焼けたかな? 周さん、喜んでくれるかな……
「あっ……!」
あっ!…って思った時にはもう僕は階段の一番下までワープしていた。
一瞬、本当に何が起きたのかわからなくて、自分が階段から落ちたんだと気づくのに少し時間がかかってしまった。
僕が階段から落ちた音に驚いてリビングからは母さんが、二階からは周さんと伊織が飛び出してきた。
「竜太っ !」
周さんが物凄い勢いで階段を飛び降りてきて僕の横に屈み込む。母さんは目の前でオロオロして慌ててるのがわかった。
僕は心臓がバクバクしていて、その間は体の感覚は全くわからなかったんだけど…… 周さんに肩を抱かれながら全身を優しく摩られているうちに、気が落ち着いてきたのか体の感覚が戻ってきた。
「竜太! どこか痛いところは無いか? 大丈夫か?」
心配そうに僕を見る周さんがあちこち優しく触れながらそう聞いてくれる。勝手にイラついて僕は何をやってるんだ…… ジワジワと全身に広がっていく痛みに息が詰まった。
「…… 周さん……全部痛い」
本当にもう嫌だ……
しょうもない事で嫉妬してイライラして。注意力散漫で階段から転げ落ちるなんて、ほんとバカだ……
「竜太?…… 立てるか?」
周さんに支えられ自分で立とうと試みたけど、どうにも左足首あたりが痛すぎて立つことが出来なかった。左足ほどじゃないけど、右足も痛くて体重をかけられない。自分が情けなくて周さんの顔を見る事が出来ず、僕は俯いたまま首を横に振った。
「両足が痛くて……立てません」
母さんは口を両手で押さえて立ち尽くしてしまってる。そんな母さんに、はっきりとした大きな声で周さんが話しかけた。
「お母さん! 車、出せますか? 病院まで運転出来ますか?」
呆然としていた母さんが、周さんの声でハッとして「大丈夫!」と言いながら病院に行く準備をする。その間周さんは僕の体を優しく触り、足以外に痛みの酷いところはないかと聞いてくれた。
全身が痛かったけど、足が酷く痛いと気づいてからは他の場所はさほど痛くない事がわかった。
「周さん……ごめんなさい。せっかく久しぶりに会ったのに……」
僕が謝ると、周さんは怒った顔で僕を見る。
「なんで竜太が謝るんだ?」
そう言って僕の額に軽くキスをしてくれた。
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