332 / 432
手術当日
入院二日目──
今日は朝から母さんが来てくれた。
足の手術はお昼から…… 母さんは僕が座ってるベッドの足元で、家から持ってきたタオルを数枚広げてたたみ直している。
母さんの鼻歌、聞いたことのあるような無いような…… 僕は母さんのよくわからない鼻歌をなんとなく聞き流しながら読書をしていた。
母さんは、たたんだタオルをポンポンと軽く叩き僕を呼んだ。
「ねえ、竜太」
「……ん?」
僕は本から目線を上げずに声だけで適当な返事をする。
「最近練習してたチーズケーキ、周君のために頑張ってたんでしょ?」
突然そんな事を聞かれて、危なく本を落とすところだった。
「…… えっ? ……え? なんで?」
気を抜いていたから動揺を隠せない。なんでもない風を装ってももう無理だった。思いきり母さんに笑われてしまった。
「周君、お誕生日が明日だって言うじゃない…… せっかく頑張って準備してたのに、残念だったわね。でも改めてちゃんと作るのよ? 諦めちゃダメよ」
「………… 」
「ちょっと! 聞いてるの? 竜太」
「ああ…… 聞いてるよ…… えっと、なんで周さんにって…… え? どうして?」
どうしようもなく手に汗をかいてしまう。なんで周さんにって分かったの? なんで? 僕何か言ったっけ? それとも周さんが? ああ、いや……それはないか。周さんには内緒のサプライズなんだから。
母さんは動揺しまくっている僕を見て「わかりやすいったら…」と言ってクスクス笑った。
「そんなの竜太見てればわかるわよ。それに私と丸っきり同じことしてるんだもの。笑っちゃうわよね」
……? 同じこと?
僕がよくわからないって顔をしていると、母さんが僕の頭をポンポンと軽く叩いた。
「母さんも高校一年生の時にね、大好きな人の誕生日にあげるケーキを何度も何度も練習したのよ。本番でうまく焼けるようにね。竜太もそうでしょ?」
「……うん」
……恥ずかしすぎる。
母さんはそんな僕を見てにっこりと微笑んだ。
「好きなんでしょ? 周君の事」
「………… 」
きっと僕、顔が真っ赤だ。俯いたまま、僕は黙って強く頷いた。
「ごめんね。竜太から言われるの待てなくて私から聞いちゃって…… 男の子同士だからってあなたが後ろめたく思ってコソコソ隠すようなら嫌だなって思ったから。周君はあなたにとって特別なんでしょ?」
……母さん、なんでもお見通しなんだな。
「……でも、やっぱり言えないよ。後ろめたく思っちゃう……」
真っ直ぐに見つめる母さんの顔が見られなくて僕はずっと目を逸らしたままだ。
「そうね…… 普通はそんな事を聞かされたら驚いたりショックだったりするかもしれない。でも、私は違った。竜太…… ずっとあなた他人に興味がなかったでしょ? お友達だって進んで作らなかった。必要ないって思ってたの知ってる。でも人との関わりを持とうとしなかった竜太が突然周君と仲良くなった。そうしたらどんどん竜太が成長していったのがわかって、私はどれだけ嬉しかったか…」
「母さん……」
「竜太が周君に対して、友愛、尊敬、親愛…… どんな感情で好きだって思ってるのかはわからないけど、それが恋愛感情だったとしても母さんは全然構わないわよ。人を愛するって感情は凄く大事な事だから…… それは竜太ももうわかってるわよね?」
母さんは僕に周さんとの事を突き詰めては聞いてこない。それでも僕の思いはきっと分かってくれてるんだ。その上で、僕が安心できるように、理解してくれると伝えてくれてる。
「うん…… 僕、周さんと出会って色んな感情を知ることが出来た。僕…… 周さんの事が大好きなんだ」
母さんは満足そうに笑ってくれた。
「退院して落ち着いたら、お家でも周君のお誕生日のお祝いさせてね。 母さんも周君が大好きだから……」
そう言って僕の頭を優しく撫でた。
時間が来て、僕は手術室へ向かっている。
全身麻酔で眠ってる間にサクッと終わるよ、と担当医が明るく説明をしてくれた。手術が終わったらまた病室へ戻されるらしい。麻酔は人によって違うけど、遅くとも一時間も経てば誰でも目が醒めるからと教えられた。
目を開けたら、周さんいるかなぁ。
いてくれるといいな。
ともだちにシェアしよう!