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遭遇
下校時刻になり僕は康介に部活に出て帰ると伝えた。
「じゃあ、部活終わったら一緒に帰ろうぜ」
康介はそう言って、そそくさと教室を出て行った。きっと修斗さんのところだろうな。僕はそんな康介を教室から見送って、携帯をチェックする。
うん……凪沙からは返信は無い。
先程凪沙に断りのメールを入れたものの、どう思ったかな? と少し気になっていた。
携帯をポケットにしまい、鞄を持って部室へ向かう。
美術部は三年生が既に部活を引退し、他学年は自由参加になっている。部室に入ると先生が一人で作業をしていた。
「今日は渡瀬君だけみたいだね」
先生にそう言われ、僕は描きかけの絵を少しだけ進めて早目に帰ることにした。
先生に挨拶をして、また教室に戻る。
誰もいない……
一緒に帰ろうと言っていた康介がここにいないと言うことは、きっと修斗さんと一緒だろう。邪魔するのも悪いな……と思い、僕は康介に簡単にメールを入れて一人で学校を出た。
『先に帰ってるね。修斗さんとごゆっくり』
今夜は周さんにはメールじゃなくて電話をしてみよう。
久しぶりに声が聞きたかった。
信号待ちで僕はポケットから携帯を取り出し、周さんにメールを打った。
『バイトが終わったらメールください。周さんの声が聞きたいです』
……送信。
送信と同時に信号が青になる。
人の流れに乗って前に進んでいくと、不意に誰かに肩を掴まれひっくり返りそうになってしまった。
え?
よろけた拍子に、肩を掴んだその人に寄りかかってしまった。
一体なに? びっくりした……
「おいおいおい、随分と細くて頼りないんだな……大丈夫か?」
すぐ頭の後ろで男の人の声がする。
「あ……すみません」
思わず謝りながら、これは僕が悪いのかな? と疑問に思った。肩を掴んで引っ張ったのはそっちじゃないか。ムッとしながら振り返ったら、そこにいたのはどこかで見たことのある顔だった。
「君だよね? 竜太君ってのは。こんにちは」
……?
「こ……んにちは。えっと、あ! もしかして凪沙さんのお兄さんですか?」
そうだ、思い出した。
あの時、公園に凪沙を迎えに来たお兄さん。双子だよね? 同じ顔した人がもう一人いたはず。
凪沙のお兄さんは僕の顔を見てにっこり笑うと、そうだと頷く。
僕はお兄さんに肩を掴まれたまま、とりあえず信号を渡った。
「ちょっとさ、聞きたいことあんだよ竜太君に。付き合ってくんね?」
そう言ってお兄さんは僕の肩に腕をまわしてずんずんと歩いていく。
どこに行くんだろう。
「あ……すみません。僕、足を怪我してて、もう少しゆっくり歩いてくれますか? ちゃんとついて行きますから……その、肩も離してください」
歩きにくかったのでそうお願いすると、ちょっとキョトンとした顔をして僕から離れてくれた。
「悪かったな。足どうしたの?」
心配そうに僕の顔を覗きこんでくる。
「階段から落ちて骨折しちゃったんです。松葉杖なくてももう全然大丈夫なんですけど、まだ少し痛いと言うか、慣れなくて……」
「げー、痛そ! お前鈍臭そうだもんな」
なにそれ、初対面のなのに失礼だなこの人。ズケズケとものを言うところ、凪沙とよく似てる。
そして歩きながら気がついたけど、こっちの方向って周さんの家と近いかもしれない。
あ、そうか。凪沙は周さんと一緒の中学校だから、学校区が同じで近いんだきっと。
「あの……どこまで行くんですか? 僕、今日は早く帰りたいんですけど… …」
正直、今すぐにでも家に帰って周さんからの 'バイト終わったよメール' を待ちたかった。
お風呂に入ってサッパリして……
それで周さんからのメールを待って、メールが来たらすぐに僕から電話をするんだ。
久しぶりに大好きな周さんの声を聞いて、お疲れ様でしたって言ってあげるんだ。
電話で話すだけなのに、こんなに楽しみでワクワクする。
それなのに、想定外のこの状況。
早く用件を済ませて帰らせて欲しい。
「早く帰りたい? あぁ、そりゃ竜太君次第だな……」
お兄さんは表情を変えずにそう言った。
ん? 僕次第? なんだそれ。
「すぐそこだから……」
そう言ってお兄さんが指差した先は一軒のアパートだった。
周さんちによく似た木造のアパート。
そこの一階、端の部屋のドアの前でお兄さんは立ち止まり、鍵を開けて中に入った。
僕がドアの前で入らずに立っていたら、笑顔で手招きされた。
「竜太君、あがって」
「お邪魔します……」
玄関を入るとすぐに台所があり、奥にリビング。
なんだか気持ちガランとしていて、必要最小限のものしか置いていないのに気がついた。お兄さんについて奥まで進むと、リビングにはもう一人の同じ顔をしたお兄さんが座っていた。
「やぁ、竜太君いらっしゃい」
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