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第四話

   半ば脅迫じみた誘いを受け、何度か飲みに行くようになって早数カ月。今ではすっかり常連となった居酒屋で、筧はいつものようにスーツのネクタイを緩めた。  気づけば、隔週で週末の夜はこの君島と過ごしている。  全く、職場で四六時中一緒にいるというのに、週末までこいつと一緒とかマジで勘弁……と思ったが、それほど苦痛というわけではないことに気づいたこの頃。 「今夜、筧さんとこ泊めてくださいよ」 「はぁ!? 嫌だよ。近いんだから自分家帰れや。それに、おまえ泊めたの会社のヤツにバレてみろ、変な噂立つだろうが」 「何言ってんすか。んなわけないでしょ」 「おまえ相手だと冗談にならないんだよ」  それはこの君島が社内でゲイを公言しているから。 「おまえがやたら纏わりつくからだなー! 最近、女の子らに『君島くんとつきあってるんですか!?』とか言われんだよ。……マジ、勘弁しろって!」  筧は勢いよくジョッキをテーブルに置いて泡の付いた口元を拭った。 「面倒だから認めちゃえば?」  手にした枝豆を口に付けて君島がニヤと笑う。 「アホか。おまえみたいなイケメンは何言っても敵ナシかもしんねーけどな。俺みたいな冴えない人間は違うんだよ。それで仕事に支障出るとか考えただけで死にたくなる」  そうだ。いままで必死で培ってきたもの。  仕事にしろ、人間関係にしろ。今更それを崩されて堪るか。  ピリリリリ……ふと筧のポケットの中のスマホが鳴り、慌ててその電話に出た。 「もしもし、コウ?」  随分久しぶりのコウからの電話に少し声を弾ませると、目の前の君島が興味深そうにこちらを見つめる。  筧は身体を横に向け、君島をあえて視界から外すようにした。 「ああ。久しぶりだな──ん? 明日? 珍しいな、バイト忙しいんじゃ……ああ、いいけど……。じゃあ、いつもの時間にいつもんとこで。ん、おやすみ」  用件のみの短い電話。  居酒屋の喧騒は当然コウの耳にも届いていて、筧が外にいるのを気遣ってか、コウが早めに電話を切り上げてくれたのだ。 「今の、誰すか?」  そう訊ねた君島が、枝豆の皮を筧に投げつけた。 「は? なんでおまえに言わにゃならんの」  これが仮にも先輩である自分に対する態度か。と、筧もその枝豆の皮を同じように君島に投げ返した。 「もしや、彼氏? 筧さん、特定の相手いないって」 「恋人はいないが、そういう相手はそれなりに」 「うっわ。ふしだらー……」 「おまえに言われたかないわ。つか、人のプライベートほっとけよ」  会社の後輩にあれこれ詮索される筋合いはない。だが、こんな話題もサラリと話せる程度にはいつの間にか君島との距離が縮まっている。 「つか。君島はいないのか、そういうの」 「……まぁ。以前はそれなりに抱えていましたけど」  君島が謙遜するでもなくしれっと答えた。 「最近狙ってるのいるんで、そこ一本ですね」 「へぇ? おまえなら男相手でも引く手数多だろ」 「それが、どうにもつれなくて」 「ははっ、マジか」  相手が男だと言うだけで障害だらけではあるが、それを差し置いてもこの恵まれたルックスだ。相手に不自由しないだろうと思っていた男の恋が、さほど順風満帆ではない様子に急に親近感が芽生えてくる。 「筧さんはどんなのがタイプなんすか? つか。どっち? 抱く方、抱かれる方?」 「俺はタチだよ。どっちかっつーと、可愛い系が好みかな? まぁ、見た目に限ったことじゃねぇけど」  そう言った意味では、コウはかなり筧の好みに近い。  見た目はもとより、抱いたときの反応から人懐っこく素直な性格まで、ドンピシャだ。  コウには別に想い人がいるようだが、そこはやはり事情があるようで。世の中そう上手くはいかない。世間一般のモラルからはみ出た色事なら尚の事。 「ちなみに、今まで恋人は?」 「いたことないな。リスクもあるし」  仕事とプライベートでオンオフを切り替えるように、恋愛においてもオンオフが大事。誰かを深く懐に入れてしまったら、その切り替えラインが曖昧になってしまいそうで怖いのだ。  社会的には“普通”でいたい。例え自分自身を誤魔化すことになっても、そうやって生きるほうが圧倒的に生きやすい世の中だ。 「──その点。おまえ、強いよな。俺、できねぇもん、会社の奴らに宣言とか」  普通は人に言えないようなことを自分からカミングアウトして、それを恥じることなく堂々としている。 「べつに、強いわけじゃないすよ。取り繕って生きるより、こっちのほうがラクだって気づいたんです」 「……それ分からないのは、俺が凡人だからか?」  筧がそう訊ねると、君島がふっと笑った。 「いや。価値観の違いってやつじゃないすか?」  価値観──か。自分を誤魔化して普通に紛れて生きるのと、自分を偽らない代わりに抗いきれないものと共存していくこと。一体どちらが本当の意味で生きやすいのだろう。

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