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第2話
パンナコッタを入れた箱をステンレスの調理台に置いたところで、アルバイトの佐々木さんが厨房に入ってきた。
「前川さん、お疲れ様です。」
「お疲れ様。佐々木さん、よければこれ持って帰ってくれ。」
「いいんですか?ありがとうございます!今回はなにかなぁ?」
箱を指差すと、佐々木さんが幸せそうに顔を綻ばせて箱に飛びついた。
こういう顔を見るとパティシエになって良かったと心から思う。
しかし、上司としては佐々木さんが少し心配になる。
女というものは、21時過ぎて甘い物を見せられたら戸惑う筈だ。
スイーツは別バラなんて言うが、このダイエット社会、これで良いのか?…と思わず苦笑する。
本人にはとても言えないが、確実に肥えてる。
間違いなく肥えてる。
スリム女子だった佐々木さんは、働き始めて3年でぽっちゃり女子に変わった。
「ん?あぁ、パンナコッタだ。」
「お。きたこれ、パンナコッタ!という事は、今日帰ってくるんですね?」
「あぁ。」
「良かったですね!何日ぶりでしたっけ?」
「一ヶ月ぶり…くらいだな。」
「けど、恋人へのあっまーいスイーツの口実にされるとは…」
「こ、口実って…アルバイトさんには本当に感謝してるから、これはそのお礼でだな…」
あからさまに慌てて言い訳をする俺を見て、佐々木さんが苦笑した。
「はいはい。」
「ったく、上司をからかうな。」
「すいませんでしたー。」
完全にからかわれてる。
アルバイトにからかわれるオーナー、ないわー…と思わず項垂れた。
恋人というのは、岸本紘二 の事だ。
海外出張で、紘二とはもう一ヶ月も会ってない。
会社員の紘二は、会社の新規プロジェクトで8年程海外赴任していた時期がある。
その関係で、年に数回海外の支社に行かないといけないらしい。
今回はその一回目の出張だ。
たった一ヶ月の出張…あの日々に比べたらなんて事ないと思っていても、やっぱり怖いし、毎日恋しい。
俺と紘二は、8年前に一度別れてる。
さよならじゃなくて、いってきますと書かれた置き手紙を目にした時、諦めの悪い俺は、紘二が戻ってくるまで待つと決めた。
やり直せる保証もないのに、何度も折れかけながら紘二を待ち続けて8年…5ヶ月程前のバレンタインデーの夜に運命的な再会を果たした。
その後すぐに復縁というか、元サヤというか…俺達はまた恋人という関係に戻った。
俺は、運命なんて信じてなかった。
でも、今では運命も有りだと思ってる俺が居る。
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