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第3話

紘二も遊びで海外に行ってるわけじゃない。 それでも、忙しい合間を縫って何度か電話をくれた。 ビデオ電話は恥ずかしいから流石に拒否してやったけど…。 日本とは時差があるのに、きちんと連絡をくれた。 紘二は、今も昔も変わらずにいつも俺の事を考えてくれてる。 また紘二が無理をするんじゃないかと心配になる。 無理をして良い事はない。俺達はそれを学んだ筈だ。 もう繰り返したくない。 「佐々木さん、もう遅いから早く着替えて気をつけて帰れよ。」 「じゃぁ、お先に失礼します。」 「お疲れ様。また明後日、よろしくな。」 「あ、前川さん。」 「なんだ?」 「愛しの紘二さん、待ちきれずに迎えにきてくれるかも。」 「まさか。あるわけないだろ。」 「いーえ、あるわけない事をしちゃうのが紘二さんじゃないですか。」 「…」 佐々木さんは休憩室に入っていった。 佐々木さんの言葉に、確かに…と納得してしまった自分に苦笑した。 帰りの時間が合いそうなら、紘二なら迎えに来そうな気がする。 ガラガラと大きなトランクを引いて、カランカランとcloseした筈の店のドアを開く… 紘二はそういう奴だ。 そんな風に言われたら期待するじゃないか…佐々木さんは悪い奴だ。 苦笑しながら、使った泡立て器やミキサー、ボウルなどを洗い、ふきんで綺麗に拭いて仕舞った。 除菌スプレーを使いながら厨房を磨き上げた。 定休日以外は毎日やってる事だから苦にはならない。 「前川さーん、掃除完了です。」 「お疲れ様。悪いけど、厨房の床の掃除も頼めるか?俺は精算するから。」 「りょーかいです!」 小林君と入れ替わりでケーキのショーケースやドリンクを作るスペース、レジなどがあるカウンター内の作業場に移動した。 イートインスペースのカーテンは閉まっていて、店頭の外灯も消えている。 店内の照明はカウンター内しか点いてないせいか室内は薄暗い。 レジを開き、精算ボタンを押すとガーッと音を立てて売上表が出てきた。 これと照らし合わせながらお札をパチパチ鳴らし、小銭はコインケースに入れて数えた。 一連の作業を終えて、一円のミスもなかった事にホッとしながら、ノートに売上表を張り付けた。 「小林君、終わったか?」 「終わりましたー。」 「あぁ、そうだ、小林君も冷蔵庫のパンナコッタ持ち帰っていいからな。」 「あ、今日はパンナコッタの日でしたっけ?」 「パンナコッタの日って…」 「前川さんがパンナコッタを作る日は紘二さん絡みですからね。有り難くお裾分けいただきます。」 「ったく…。あ、小林君の分は2つ用意してるからな。」 「え?え?」 「今日、恋人が来るって言ってたろ?」 「こ、こここ…こいび…」 俺も反撃を開始する。 ピカピカに磨かれたガラスの向こう側には、顔を真っ赤にした小林君が見えた。 厨房と店内の仕切りはガラスだ。店内からは厨房の様子が良く見える。 衛生面はもちろんだが、そういった意味でも日々の掃除は必須というわけだ。 店内だけじゃなく、店そのものがいつ誰が見ても清潔感があると思ってもらいたい。

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