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胸の内
好きかも、なんて、こんな気持ちはいつぶりだろ。
高校生の時に付き合ってた彼女とか……それよりもっと前?
胸が高鳴って、どうしようもなくて、会いたくて。
自覚すればするほど、会いたい気持ちが募ってく。
でも、教授は俺のこと、迷惑に思っているかも。
酔っ払って、すごい醜態を晒したし。
あれ?でも、あの時の俺の体、キスマークだらけだったよな……あれは教授が付けてくれたのかな。
だったら、期待していいのかな。
もしかしたら、その気があるのかも……。
そんな淡い期待を抱きながら、俺は今日もギルバード教授の講義を受けていた。
講義以外、接点なんてないし、質問しようと思って、教授の部屋に行ってみたけど、勇気がなくて声もかけられない。
こんな所でヘタレが出てしまうのが情けないや……。
フラットに戻ると、劉さんが電話をしていた。
「……我爱你、天華(愛してるよ、ティエンファ)」
中国語は分からないけど、「愛してる」という中国語だけは分かる。
プツリと電話を切った劉さんは、短くため息をつく。
いつも笑顔の劉さんだが、この時は寂しそうな顔をしていた。
『劉さん、大丈夫?』
『真尋、帰ってたのか。おかえり』
『ため息ついてたけど……』
『ちょっとね。故郷が懐かしくなっちゃって』
『……今の恋人?』
『聞いてたの?』
『あ、ごめんっ!聞くつもりはなくて……』
慌てて謝ると、劉さんはくすくすと笑った。
どうやら怒ってないようだ。
『怒ってないから。……そう、恋人』
『劉さんに恋人がいたなんて、知らなかったな』
『モテなさそうだろ?こんなダサ男』
『そんなことない!劉さん、優しいし、絶対女の子にモテると思う!』
『女の子か……』と劉さんは天井を見上げた。
『真尋になら、見せてもいいかな……真尋は口堅いよね?』
俺は頭にハテナを浮かべながら、こくりと頷いた。
どちらかというと堅い方だと思う。
劉さんはスマホの画面を見せてくれた。
そこには長い黒髪を結い上げ、金の簪を差し、艶やかな眼差しでこちらを見つめる中国美女がいた。
『わぁ……すごく美人だね。彼女?』
『彼女じゃなくて、彼氏だな』
『ええ!?』
もう一度、写真を見るが、とても男性に見えない。
紅をさした唇はぽってりとして、色っぽい。
『男に見えない……っていうか、劉さん、もしかして……』
『うん。同性愛者なんだ』
ドキッとした。
まさに自分も同性が好きであることを自覚したばかりだったから。
『彼の名前は天華 。舞台俳優なんだ。綺麗だろ?僕のお気に入りの写真なんだ』
『舞台俳優……』
『彼も夢がある。世界の舞台で羽ばたきたいという夢だ。頑張る彼の姿に惹かれて、僕も世界の舞台に立ってみたいと思ったんだ』
『会えてるの?劉さん、ずっと帰ってないって言ってたじゃん』
劉さんは、指を折って数える。
『もう二年会えてないな』
『え!二年!?……寂しくないの?』
『んー……彼と僕のことを知ってる友人はよくそれを聞くけど、さほど寂しくはないんだ。恋しくはあるけど。でも、不思議といつもすぐ側にいてくれているような気がするんだ』
天華さんの写真を愛おしそうに見つめるその目は、恋をしている目だった。
『毎日電話したり、Skypeとかしてるからかもだけどね』と笑った。
『心配じゃない……?その、浮気とか……』
こんな綺麗な人なのに、心配じゃないのかな?
俺がもし、教授と付き合ったら……気が気じゃない、かも。
『それはない。天華は僕のこと愛してるし、僕も天華を愛してるから』
そう断言する劉さん。
きっと絆が強いんだ。
二人の関係がどんな感じかは分からないけど、劉さんの言葉は力強さから、二人の絆の強さが伺える。
『それにね、天華はすごく外見が女性らしいけど、中身はすごく男前なんだ。俺がお前を先に幸せにしてやるなんて言ってきてさ』
くすくす笑う劉さんに、俺は秘めた心の内を明かしたくなった。
『あ、あのさ……劉さん。俺も聞いてほしいことがあって……』
一人で悶々としているより、誰かに相談したかった。
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