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期待させるな

『おい、ギルバード、久しぶりだな』 同じ文学を研究しているニックに会った。 これとはハイスクールからの友達だ。 『まさか、クレイトン教授が風邪を引くとは思わなかった。教授の論文読みたかったんだが』 私が悔しがっていると、『相変わらず真面目だなぁ』と返された。 『早く学会が終わったんだからいいじゃないか。それよりこれからご飯でもどうだ?久々に君とシェイクスピアの話がしたい』 私はちらりと時計を見た。 時計の針は11時半を指していた。 マヒロとの約束まで一時間あるが、移動時間を考えると微妙だな。 『すまないが、これから先約があるんだ』 『ふぅ~ん。それって恋人?』 『何で、そうなるんだ?』 ニックは、私がゲイであることを伝えてある。 彼は特に驚きもしなかったことに、逆に驚いた記憶がある。 ニックはクンクンと私の首元に鼻を寄せる。 『シトラスのオーデコロンをつけてるから』 『は?』 ニックはふふんと笑う。 『お前、無意識かもしれないけど、好きな子とデートする時はいつもシトラスのコロンばかりつけてるんだぞ?』 ニックにからかわれた後、一旦自宅に荷物を置いてから、公園に向かう。 ニックに指摘されたことは本当だった。 多分、昔付き合っていた彼が、シトラスが好きだったからだと思う。 けど、今回は本当に無意識にその香りを付けてしまっていた。 マヒロの顔がふと頭に思い浮かんだ。 最初に会った時は、男を誘う魔性のようなものを感じたが、大学で見る彼は、大人しく、少しシャイで真面目な学生だ。 ああいう子ほど、色気というものを隠しているのかもしれないな。 今回、シェイクスピア展に誘われたのも意外だった。 普段の私なら断っているが、マヒロのあの恥ずかしそうな照れた顔を見たら、なんとなく断れなかった。 あのピンク色の頬を見ると、私を誘った時のマヒロの蕩けた顔を思い出す。 やっぱり、私はマヒロのことを…… (まだ、諦めきれてないのか……) マヒロがタイプであることもあるし、昔好きだった彼にどことなく似ているからかもしれない。 公園に向かうと、一時間前だと言うのに、もうマヒロはベンチに座っていた。 何かをじっと見ていたため、視線をたどると、ゲイのカップルだった。 マヒロは頬を染めながら、そのカップルを見つめていた。 ああいうカップルは日本には少ないだろうな。 この街はゲイが多いし、私自身もゲイだから、そこまで照れることもないが……。 やはり、マヒロのあの照れたような顔はやめさせた方がいい。 そういう男が寄ってきてしまう。 『早いんだな』 そう声をかけると、マヒロはビクリと体を震わせた。 マヒロの驚いた顔も可愛い。 あぁ、ダメだ。 マヒロはストレートなんだ。 一線を引いておかなければ、期待してしまう。 頼むから、マヒロ。 そんな可愛い顔して、私を期待させないで。

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