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寂しさを埋めて

久しぶりに夜、バーに行った。 イライラしていたのもあるし、酒を飲みたい気分だった。 『お、男前が来たな。シン』 昔馴染みのバーの店主のジョージは、俺の肩を叩いた。 『あの日本人の子、大丈夫だったか?』 『あぁ。大丈夫だ』 今、大学で私の講義を受けてるなんて知ったら、ジョージはなんて言うだろうか。 『……それで、ちゃんと愛し合えたか?』 ジョージもゲイで、恋人もいる。 こういう話を平気でしてくる。 『いい所までいったが……逃げられちゃったよ』 『ええ?!百戦錬磨のシンが逃がすなんて、そんなこと今までなかっただろう!?』 ジョージは昔の私を知っているからか、驚きを隠せないようだ。 昔はかなり男遊びが激しかったからな。 一晩で取っかえ引っ変え……今はできないな。 ジョージと笑いながら、ウイスキーを飲んでいると隣に若い青年が座ってきた。 大きめのTシャツにタイトなジーンズ。 黒髪に猫の目ように大きな青い瞳が印象的だ。 年はマヒロと同じくらいだろうか。 『ねぇ、あんた。百戦錬磨って本当?』 『……昔の話だよ』 『ふぅ~ん。俺、ネコなんだ。あんたはタチっぽいね。あ、それとも両方イける?』 無遠慮な言い方だが、いやらしさがない。 この子は慣れている。 『トーニャ。もう仕事すんのか?』 ジョージは気安くそういうと、トーニャと呼ばれた青年は、頬杖をついてニコリと笑った。 『バイトが早めに終わったから、もう仕事しようかなと思って』 『仕事?売りでもしてるのか?』 『まぁ、売りかな。セックスの時もあれば、添い寝して話を聞いてあげるだけの時もあるし……。っていうか、抱かれてもいいかなって思う奴にしか抱かせないけどね』 あっけらかんと笑うトーニャ。 『それで、今、私は誘われてるのかな?』 『あー、誘ってるって言うより、興味がある』 『興味?』 トーニャは私のグラスを奪い、ぐいっと一気にウイスキーを飲んだ。 『百戦錬磨の男のセックスって、気持ちいいのかなぁって思って……』 グラスの縁を細い指でなぞる姿は、色っぽく、こういうタイプが好きな男にとっては生唾を呑むくらい美しく見えるだろう。 一瞬、マヒロを思い出した。 初めて出会った時、無理矢理にでもマヒロを奪っていたら、また違う関係になっていただろうか。 心の中でため息をつく。 きっとマヒロは、私のことが好きなんだろう。 私もマヒロが好きだ。 けど、付き合うには問題が多すぎる。 それに、私は本気で恋をすることに、トラウマがある。 このトーニャのように一晩の相手で事を済ませてしまえば、性欲も解消できるし。 今の状態が一番いい。 『言っておくが、百戦錬磨は私が言った言葉じゃないからな』 トーニャはふふっと笑った。 バーを出て、ホテルに入り、そのままベッドに倒れ込んだ。 シャワーくらい浴びれば良かったかもしれないが、別に気遣うこともないだろうと体を繋いだ。 トーニャは確かに上手かった。 男をその気にさせるのが上手いし、双方が気持ちよくなる術を知っている。 けれど、私はついマヒロと重ねてしまう。 マヒロの赤く火照った顔を思い浮かべ、いつしかトーニャをマヒロにすり替えていた。 全てが終わった後、私はシャワーを浴びた。 トーニャは何も身に纏わずベッドに座っていた。 彼の小さな鞄からタバコが見えた。 『トーニャ、タバコくれないか』 『え、あんた吸うの?』 『禁煙してたんだが、今は吸いたい気分だ』 『いーよ。ライターも入ってるから、使えば?』 お言葉に甘えて、タバコに火をつける。 ドレッサーのイスに腰を下ろす。 紫煙を吐き出すも、心の中に澱んだ黒いドロドロしたものは出せなかった。 トーニャは私が吸っていたタバコを取り上げ、吸った。 『何するんだ……それに服を着ろ』 『別に、今更だろ。それから、このタバコはやっぱ返して』 『やると言ったり、返せと言ったり……』 私がため息をついていると、トーニャはふーっと煙を吹きかけた。 『俺をオナホにした罰だよ』 『は?』 『あんた、別の奴と重ねてヤッてただろ』 トーニャの言葉には何も言い返せなかった。 確かにマヒロと重ねていたから。 『やっぱ、図星?あんたのヤッてる時の顔、人間とセックスしてるっていうより、オナニーしてる感じがしたからさ。たまにいるんだよね、そういう奴』 『……鋭いんだな』 『まぁ、この仕事長いから』 『トーニャ、君、いくつなんだ?』 『企業秘密』 トーニャに何枚か札を渡す。 『ん?』と彼は首をかしげながら、お金を改める。 『お金、多いけど』 『オナホにした詫びだ』 『ふぅーん。あっそう』とトーニャは鞄に金を入れた。 『じゃあね。……今度は好きな奴とやんなよ』 『……余計なお世話だ』 朝焼けの中、トーニャは駅の方へ歩いていった。 私は、トーニャを見送ったあと、自宅に向かった。 マヒロ、私は君を諦めようとしているのに、君は私を諦めようとはしない。 それがまた、苦しい。

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