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許せない
図書館で調べ物をしていたら、ついつい遅くなってしまった。
時刻は夜の八時前。
もうとっくに司書や他の事務員は帰ってしまい、最後の戸締りをして、鍵を返した後、家路へと向かった。
雨が降ったらしく、所々に水溜まりがある。
(マヒロは……今、何をしているだろうか)
石畳の溝に溜まった水は這うように側溝に落ちていく。
(体調不良だと聞いたが、大丈夫だろうか)
また小雨が降り始めた。
(いや……私にマヒロを心配する資格はない。マヒロを傷つけたんだから)
道行く人は傘をさし始めたが、私はそのまま濡れながら、少しだけ早歩きに家へ向かった。
家に着き、玄関先で雨粒を払っていると、ポケットの中の携帯が鳴った。
『もしもし。ジョージ?どうしたんだ』
『もしもし!シン!?大変なんだよぉ!』
ジョージは何やら焦った大きな声で、助けを求めてきた。
『ジョージ、声が大きい。頼むから、もう少し声を落として。うるさいから』
『マヒロが、俺の店で君のことを待ってたんだけど、二人組の男に店から連れ出されたらしいんだ。前のヤツらかも……』
二人組って……前、酔ったマヒロにちょっかいかけてた奴らか。
それにしても、何でジョージと……いや、今はそんなことを考えてる暇はない。
マヒロを助けに行かなくては……。
俺はそのままジョージの店の方へ急いで向かった。
ジョージの店に行くと、真っ青になったジョージがカウンターに立っていた。
『ジョージ!マヒロは!?』
『シン!ミレーノ、マヒロがどっちに行ったか見てたか?』
ミレーノと呼ばれたイタリア人は流暢な英語で、『店を出て、右に行ったよ。そこからはどこに行ったか分からないけど……』と答えた。
右……大通りに抜ける道があるが、そんな人目の多い所に行くとは思えないし、もし行くとしたら……
『多分、路地裏だ。あそこなら人目につかない所がある』
私は、店を飛び出し、大通りの脇道に入った。
よくこの路地裏で襲われる観光客がいるとニュースになっていた。
ここら辺のことをよく知る人達は通らない、危ない場所だ。
路地裏は潰れたバーやホテルが並ぶゴーストタウンのような所だ。
もし、マヒロが連れ込まれたのなら、廃ホテルあたりだろうか。
手当り次第、廃ホテルやバーを見てみたが、ロープが張られていたり、鍵がかかっていた。
このままじゃ、マヒロが……。
焦りと不安が心の中で渦巻いた時、ふと目に入った廃ホテルがあった。
扉が少しだけ開いている。
ロープも張らず、鍵もかかっていない。
私は、重たいガラスの扉を開けて、中に入った。
かつてロビーとして使われていた所はあちこちにソファーが置かれており、荒れ果てた状態だった。
耳をすませてみると、どこからか物音が聞こえる。
音のする方へ、近づいていくと、声も聞こえてきた。その声は近づけば近づくほどはっきりと聞こえる。
私は早足で廊下を歩いていく。
「やめて……!!もう触るなっ」
聞き慣れたはずのマヒロの日本語は、怒ったような、泣き叫んでいるような悲痛なものだった。
102号室を開けると、二人の男がマヒロを押さえつけ、辱めていた。
「マヒロ!!」
破かれたシャツから覗く肌、無理矢理開かれた体は男たちの体液か、それともマヒロの体液か分からないが、汚されていた。
マヒロの顔は涙でぐしゃぐしゃになり、私の顔を見ると、安心と言うよりも、絶望に近いような目をしていた。
「教授……」
『何だよ、てめぇ。今、俺らはこの子と遊んでるんだけど』
『お前も混ざるか?』
下卑た笑いがホテルの一室でこだまする。
全く悪びれた様子もない。
私はただただ無表情に、この二人を殺してしまいたい衝動に駆られた。
よく私も覚えていないが、気づいたら二人組の男は私の足元で気を失っており、マヒロは私に抱きつきながら、涙ながらに「もうやめて」と訴えていた。
震えた彼の体を、壊れないようにそっと抱きしめた。
「マヒロ……マヒロ……何で、バーに来たんだ。あそこには行くなと言ったじゃないか」
マヒロはひたすら「ごめんなさい……ごめんなさい……」と謝り続けた。
その姿が痛々しく、責めるよりも、今は包み込みたい気持ちで溢れてくる。
私は着ていたコートでマヒロの体を包んだ。
「マヒロ……怪我はないか?こいつらに何された?」
そう聞くも、嗚咽を上げながらボロボロと涙を零した。
酷な質問だったかもしれない。
「済まない……もう、聞かない……とにかく、ここから離れよう」
「……れてって」
「え?」
「教授の家に連れてって」
マヒロは大きな瞳から涙を零しながら、きっぱりとそう言った。
「こんな格好じゃ……家に帰れない」
「あぁ……そうだな」
私はそのままマヒロを家に連れていくことにした。
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