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3人(+1人)の最後の夜

フラットに帰ると、台所が騒がしい。 覗いてみると、町田と劉さんが何やら料理をしている。 『おかえり!真尋』 劉さんは手を挙げた。 何か料理を作ってくれているらしい。 『あ!真尋おかえり!!今日はパーティーしよ!』 パーティー? 『最後の晩餐的な?』と俺がからかって言うと、町田はブンブン頭を横に振って、『違う違う』と言う。 『そんなしみったれたものじゃなくて、パーティーなんだよ!お疲れ様会とお祝い!』 『お祝い?お祝いって何の?』 お疲れ様会は分かるけど、お祝いって何だろ? 『真尋と教授のお付き合いおめでとうと、劉さんの恋人の映画デビュー決定のお祝い!』 『え!天華さん、映画出るの?!』 町田がクラッカーをパンと鳴らした。 『洋平!まだ早いよ』と劉さんは止めていたけど、すごく嬉しそうだ。 『すごい!おめでとう!』 『後で天華とビデオチャットで繋ぐから、また直接言ってあげて』 そうだ。天華さんにも教えなきゃ。 シンと上手くいったってこと。 劉さんは大皿に料理を盛って、テーブルにどんどん載せていく。 主に中華料理が多そうだけど、ピザや寿司も置いてある。 「この寿司とピザは大通りにできた多国籍料理店で買ってきた!仲良くなった子がいてさ。割引してくれたんだよね」 「さすが……」 町田がこそっと俺に耳打ちしてくれた。 「ロシア人らしくてさ、色も白くて、美人なんだよね~。明日もう一回会おうかなぁ」 町田は明後日日本へ帰るらしい。 明日一日だけ、観光して行くと言ってた。 『さ、パーティーを始めよう』 沢山の料理を食べながら、今までの思い出を話していく。 ここに来る前は、不安もいっぱいで心配もあったけど、今はここを離れるのは寂しい。 『あ!天華から連絡が来たぞ』 劉さんはノートパソコンをテーブルに置いて、チャットを繋いだ。 画面には肌の白い、長い黒髪を高く結い上げた中国美人が映った。 『天華、こんばんは』 『こんばんは。劉……と真尋と……誰?』 『町田 洋平だよ。同じルームシェアしてる。明日で最後だけど』 明日で最後という言葉が寂しい。 『洋平。初めまして、天華です』 『うわぁ!めっちゃ美人!ティエンファ……発音合ってる?中国語の発音、結構難しくて』 『まぁ、及第点かな』 『天華さん、厳しい!』 町田が笑っていると、天華は『言っとくけど、俺は男だからな』と言うと、かなり驚いたらしく、「ええ!?」と椅子から立ち上がった瞬間、机に足をぶつけ悶絶した。 『痛ぇ……劉さん、もしかして、ゲイ?』 恐る恐る聞く町田に劉さんはこくりと頷いた。 『うん。正真正銘のゲイだな。昔から好きになるのは男だったから……引いた?』 『いや、びっくりしただけ。俺はそういうの抵抗ないから』 『洋平ならそう言ってくれると思ってた』 そう言って笑う劉さんに町田は馴れ初めやこれから二人はどうするのか話を聞いていた。 口には出さなかったけど、正直気になっていた。 ……特に、これからのこととか。 『これから、僕は半年今の大学で建築学を学んだ後、アメリカに渡って大学院でもう少し学ぶつもり。……天華と、もしスキャンダルになっても……いや、スキャンダルなんて思われないくらい恥じない男になりたい』 いつも穏やかな劉さんの口調には熱がこもっている。 天華さんは『俺も……今回の映画は絶対成功させたい。今は主演じゃなくて脇役だけど、いつかは主演をはれる男になりたい』と夢を語った。 いや、二人にとって夢は夢じゃなくなってる。 うまく言えないけど、目に見えた「目標」の様なものなのかもしれない。 『町田は進路とか決めてるの?』 『俺?俺は学校の先生になりたい』 意外と真面目な答えに、失礼だけどびっくりしてしまった。 『俺、子どもの時親が離婚してさ、ほとんどじいさんに育てられたんだけど、めっちゃ礼儀作法とか厳しくてさ。中学くらいからグレ始めて、反抗ばっかしてて……。けど、中学三年の時にじいちゃんが死んだんだ。その時の遺品の中に、古い手紙の束を見つけたんだ』 『もしかして、ラブレター?』 劉さんが聞くも、町田は『ううん』と首を横に振った。 『あるアメリカ兵との手紙だったんだ。フィリピンの森の中で遭難して出会った二人は、初めは敵同士で警戒してたけど、徐々に仲良くなっていったらしい。……それをちゃんと知ったのは大学入る直前だったんだけど。俺、当時はバカだったから、全く英語読めなくてさ。じいさんは英語できたっていうのが、結構衝撃だった。英語の授業もなかった時代の人に負けてたまるか!みたいな気持ちになって……そこから猛勉強して……色々あったけど、今に至るって感じ』 へらっと笑う町田の過去に、驚きながら、『それでどうして、先生になろうと思ったの?』と聞いた。 『俺、グレたけど、先生には恵まれててさ。急に勉強しだした俺のこと、その時はどの先生も相手してくれなかったんだけど、英語の若い先生だけはすごく熱心に教えてくれたんだ。バカでもグレてても見捨てない先生になりたい。そいつの助けになれるような先生なりたいって思ったんだ』 『いい話だね……洋平ならなれるよ。素敵な先生に』 天華さんも画面越しに微笑む。 ちゃんと皆考えてるんだな。 俺、まだぼんやりとしか考えてないや。 英語が好きだから、外国語学部に入ったけど、将来これになりたいっていうものがない。 『そういや、天華さんって、時差大丈夫?』 町田が聞くと、『大丈夫』と天華さんは答えた。 『今、フランスで映画撮ってるから、そんなに時差がないんだ』 『フランスで映画撮影とかすげー!』 『日本でも公開されるらしいから、是非観てよ』 この中で、俺だけが何も夢も将来のことを考えずに生きているんだと思い知らされた。

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