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二人旅 2
ロンドンを観光し終わり、次の日、俺は結局フランスやスペインに行きたいとは言わず、「コッツウォルズに行きたい」と言った。
「コッツウォルズか……観光地と言えば、そうだね」
「人いっぱいかな?」
「観光客はいるだろうけど、ロンドンに比べたら、そこまでではないと思うよ」
コッツウォルズとは、ここから2時間くらい先にある田舎町の名前。
景観が美しく、観光客も多いらしい。
朝食をとり、早速俺たちはコッツウォルズに向かった。
田舎のイングリッシュガーデンやピーターラビットの世界を見てみたいと思ったから。
シンにそう言うと、「君、ピーターラビットも好きなの?」と笑われてしまった。
「おかしい?」
可愛いじゃん、ピーターラビット。
ちょっとむくれながら言うと、膨らんだ頬に短くキスをされた。
「可愛いと思って笑っただけだよ。怒らないで」
そんなかっこいい顔で言われたら、怒るに怒れない。
シンのそういうところは、ずるい。
車で2時間くらい走り続けた。
イギリスにいられる時間もあと少しだ。
……シンといられる時間も、あと少し。
助手席で、膝を抱えるようにして、車窓の景色を眺めていると、膝の上にシンの大きな手が乗った。
「シン?」
「浮かない顔をしてる。また何か考え事?」
俺はそれには答えずに、膝の上に乗った手にキスをした。
シンはその手で俺の頭を撫でる。
彼に撫でられるのは気持ちよくて好きだ。
コッツウォルズでは、観光客もまばらに見える。
静かな田舎町だ。
ぐるりと町を歩き、石造りの家を見ていくと、人形の家のような可愛らしい家が多くて、童話の世界に迷い込んだような気持ちになる。
「可愛い家がいっぱいだね」
「ここら辺は景観もいいからね。ほら、あそこは大きな庭になってるみたいだ」
観光のために開かれたイングリッシュガーデン。
白い門を開けると、池の水面がキラキラと光っている。奥には水車が回っている。
池にはアヒルが気持ちよさそうに泳いでおり、黄色やピンクの花々が優しく風に揺れている。
「わぁ……すごく綺麗だねぇ」
「確かにピーターラビットでも出てきそうだ」
シンはまたクスクスと笑っている。
もー……そんなに笑われると恥ずかしい。
俺が少しむくれてると、シンは俺の手を繋いで、奥まで誘われる。
「うさぎの穴でも探しに行こうか」
「……からかわないで!」
花のトンネルを抜け、水車小屋の裏側まで連れてこられた。
「シン?こんな所まできて、どうしたの?」
俺は壁を背につけ、シンに壁ドンされてしまった。
どアップのイケメンにドギマギしてしまう。
「あの……シン?」
「私のうさぎを捕まえようと思って」
「え?……う、うさぎ?」
「もう逃げられないように、閉じ込めようと思って」
そこまま彼に抱きしめられる。
暖かくて、ふんわりと香るすっきりとした柑橘系の香り。
いつもの紅茶とは違う。
「君が帰ってしまうのは、やはり寂しい。今まで余裕ぶって、君に助言までしたけど、やはり……私には余裕が無い」
「シンも、不安?」
「不安だよ。君は私と違って若い。もし、男や女が言い寄ってきたとしても、君を守ってやれない」
シンも不安なんだ。
自分ばっかりが不安なのかと思ってた。
俺もシンをぎゅっと抱き締め返した。
水車から流れる水の音と晩夏の風になびく草花のささめきが響く。
「ごめんね……シン。俺ばっかり、不安そうにして……」
「自分は大人だからと強がってみたけど、本気で恋をするとダメみたいだ。我儘になってしまう」
「我儘?だったら、俺はもっと我儘だ」
「どうして?」
体を離し、シンを見上げる。
我儘だなんていいながら、シンの目はいつだって優しくて、俺の言うことを受け入れてくれる。
「俺、今すぐ、抱いて欲しくなっちゃった……」
「そんな嬉しい我儘なら、いつだって聞いてあげるよ」
シンが我儘なんて、やっぱり嘘だよ。
俺はそう思った。
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