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約束
「忘れ物はない?」
「これで大丈夫だと思う。……もし、忘れ物あったら、日本に送って?」
ソファに座りながら、俺はトランクの中に服やイギリス土産などを入れる。
忘れ物がないか確認しているとシンはくしゃりと俺の頭を撫でた。
そして、いたずらっぽく笑いながら、「イヤ」と言った。
「えー何で?」
「すぐに必要に迫るものでなければ、次あった時に渡したい」
「別に……そんなことしなくても、次も会うよ」
シンのことを捨てた恋人とは違う。
ちゃんとシンに会いに行く。
「ありがとう」
シンは軽く俺の頬にキスをした。
朝飲んでた紅茶の香りがして、少し名残惜しい。
「そうだ。帰る前に約束してほしいことがある」
シンはメモを1枚取り出し、俺に渡す。
それには英語で二行何かが書かれていた。
読んでみると……
『お酒はグラス二杯までしか飲んじゃダメ』
『一日一秒でもいいから、私のことを思い出すこと』
「えっと……何これ?」
「約束事だ」
「それは分かるけど!このお酒って……飲んじゃダメなの?」
俺が首を傾げていると、シンは深く深くため息をついた。
「マヒロ、君はどれだけお酒に弱いか分かってる?酒で酔った君が、どれだけ人をたらし込むか、どれだけ色気を振りまいているか……浮気なんてしないとは思っているけど、離れている間、それだけが心配なんだ」
「そ、そんなこと、ないと、お、思うけど……」
大丈夫!と本当は言いきりたい。
けど、シンとの出会いが出会いだっただけに、言いきれなきのが、情けない……。
「お酒のことは気をつけるけど、二つ目の約束はちゃんと守れるよ。一秒以上、ちゃんと思い出す自信あるもん」
「私もその約束はちゃんと守れる」
俺の隣にシンが深くソファに座り、俺の体を引き寄せた。
暖かくて、このぬくもりから離れてしまうのが惜しい。
「俺、帰りたくないな……」
「私も帰したくない」
いつか、絶対、シンと暮らす。
そのためにどうすればいいのか、これから考えるんだ。
シンは『望まなくても、何かにはなっていく』と言っていたけど、できれば、望んで、考えて、『何か』になりたい。
シンの車で、ヒースロー空港まで送ってもらう。
空港の入口で、ぎゅっと抱きしめられた。
「シン……人が見てるよ」
「大丈夫。これはさよならのハグにしか見えないはずだから」
体を離し、「これ以上、居たら本当に離れられなくなるな」とシンは言った。
「一日一回はメールするよ」
「うん。俺もする。電話もしたいな……大丈夫な時間帯に」
9時間時差があるから、電話する時は休みの日じゃないとなぁ。
「また次会う日を決めよう。……クリスマスなら、大丈夫だ」
「俺も冬休みに入ってると思うから、大丈夫だと思う」
少ない会話で、二人の時間を延ばし延ばしにするけど、飛行機の出る時間が迫ってきた。
「あの、そろそろ……行くよ」
「あぁ……マヒロ、これあげるよ」
茶色の光沢のある紙袋を渡される。
中を見ると、真っ赤な缶が入っていた。缶には昔の貴婦人がティーカップを持っているイラストがプリントされている。
「私が大学や家で飲んでいる紅茶だ」
「いいの?」
「買いだめしてある」
シンから「買いだめ」なんて言葉が出てくると、少しおかしくて笑ってしまった。
「ありがとう。……じゃあ、また」
「あぁ。日本に着いたら、一度連絡してほしい」
「うん。またね」
俺は搭乗窓口まで歩いていく。
振り返らずに。
今度はクリスマスかぁ……。
バイトしてお金貯めないとなぁ。
クリスマスプレゼントもあげたいし……シンの喜んでくれるものって何かな。
俺は飛行機に乗り、遠ざかるイギリスの景色を見ながら、次会う時のことを、ずっと考えていた。
終
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