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番外編2:町田くんとトーニャ

――――ごめん。やっぱりあなたとは怖くて、できない。 そんなことを前の彼女が言われた。 怖いと言われても、これは生まれついてのものだし、どうしようもない。 約一ヶ月間の留学を終えて、明日、日本に帰る。 イギリスでお世話になった友達や先生に挨拶して、最後に多国籍料理のお店に行った。 時間はおやつ時。お店に客は2、3人しかおらず、暇そうだ。 スパイスの香りが立ち込める店内に、カウンターで気だるそうに頬杖をつく子がいる。 華奢な体、濡れたような黒髪に、青い瞳の猫目が印象的。 『トーニャ、こんにちは』 『あ、ヨーヘイ。いらっしゃい。今日もテイクアウト?』 『いや、今日は店で食べてく。トーニャも一緒に食べない?』 トーニャは、『んー』と少し悩んで、『休憩を30分前倒しにする』と着ていたエプロンを脱いで、店長に言いに行った。 この店は規則が緩いらしく、忙しい時間じゃなければ、好きな時間に休憩してもいいらしい。 『注文だけ聞いてあげる』 『そうだなぁ……地中海風ドリア、マルゲリータピザ、麻婆豆腐、エスカルゴのオイル焼き、ポトフ、鮭のお寿司』 注文をサラサラとボールペンでトーニャが書き終えると、ふぅ……と息をついた。 『相変わらず、変な注文』 『トーニャも食べるだろ?』 『エスカルゴは嫌。その分だけはヨーヘイが払ってよ 』 『今日は全部俺の奢り』 『……じゃあオイルだけすすろうかな』 猫目を細めて笑うトーニャは本当に可愛い。 出来た料理を並べて、食べ始める。 トーニャは少食なのか、ピザ一切れとポトフくらいしか食べない。 俺は痩せてる方だけど、めちゃくちゃ食べる。中学高校はもっと食べれたけど、大学に入ってからはあまり食べれなくなった。 老いってやつかな……。 『トーニャって、本当にあんま食べないよね』 『食べるっていうことに執着してないから』 『ふーん。……じゃあ、何に執着するの?』 ポトフを食べるトーニャはニヤリと笑う。 『体温かな』 『体温?』と俺が聞くと、トーニャは俺の手にそっと自分の手を重ねた。 『つめたっ!』 俺が体をぶるりと震わせると、トーニャはいたずらっぽく笑う。 『体温低いからさ。人肌が好きなんだよね』 可愛らしさの中に見える艶めかしさが、俺にとってはたまらなくて……トーニャに惹かれていた。 『俺は割と体温高いかな。……あのさトーニャ、俺、明日日本に帰るんだ』 『そうなんだ』 『トーニャ、今夜、暇?』 トーニャは一瞬キョトンとした顔をした後、さっきの笑顔に戻り、俺が使っていたスプーンを取り上げ、オイル焼きの残ったオイルを一口啜った。 油で艶々した唇から、『8時に上がる』と返事してくれた。 8時までロンドンに出かけて、買い物したり、ブラブラしたり……。 トーニャと早く会いたかった。 お店の前に行くと、ちょうどトーニャが待っていた。 『ごめん。待たせた?』 『ううん。今、終わったところ』 『どっかで何か飲む?』 『いーよ』 他愛のない話をしながら、バーに入る。 男がやけに多いのは、ゲイバーだからかもしれない。 マスターにビールを二つ注文すると、大きなジョッキに金色のビールがドンと置かれる。 『ビールとか久しぶりかも』 トーニャは白い泡を唇で吸いながら、ぺろりと唇についた泡を舐め取る。そんな仕草も扇情的で、意識してるのか無意識なのかよく分からない。 トーニャのそういう仕草が相手をその気にさせてしまう。前々から勘づいてはいたけど、トーニャは誰かと肌を重ねるバイトみたいなことを何回かしているのだ。 『トーニャはあんまり飲まないの?』 『一人でいる時はウイスキー飲んでる。体温あげたいから』 『へー……じゃあ、誰かといる時は?』 トーニャは俺の質問を聞くと、そっと手を触れてきた。 『酒を飲みながら、温かい誰かの肌に触れてる』 青い瞳が、俺の心を試すように揺り動かす。 一晩だけ。一晩だけだ。 程よく熱くなった頃、俺たちはバーの二階にあるVIPルームに吸い込まれるように入っていった。

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