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第7話

「珈琲、少し足りないかも知れなくて、緑茶でも良いですか?」  珈琲が残り少なかったこともあり、緑茶をお客様用のティーカップと自分のマグカップへ淹れて、田口の前に置く。明らかに紅茶用のカップに黄緑の液体が何とも微妙だが、田口は「お構いなく、僕も似たようなもんですよ」と笑うと、幾つかの書類ケースをローテーブルに広げる。 「先日、ノーズの方で会議がありまして、ノーズ名義だと花崎(はなさき)先生ですけど、あの班目先生が締め切り1時間前に出したっていうのがかなり話題になったんです」  田口が言う『ノーズ』というのは成人向けのコミックを扱う雑誌で、エログロだけではない付加価値のあるコミックの刊行を目指したブランドだった。神足は「そうなんですね」と笑う。班目には迷惑をかけてしまい、少なからず、負い目を感じていた神足だが、素直に嬉しいと思ったからだ。 「班目先生は人気もあるし、拘りもある先生なので、いつもアシスタントに誰についてもらうか悩んでいたんですけど、特にこの前の神足さんの担当回がとにかく凄くて」  田口の話によると、その会議で話題になっていたのは班目だけではなく、神足の画力や丁寧で洗練された処理の仕方等も、だったという。 「そうなん、ですか?」 「ええ。この回を担当したのはどこの誰なのかとか、アシ歴は何年の人なのかとか、連載とか他で描いているものはあるのかとか、あの班目先生が締め切り前に出した! っていうのでさえトップニュース級だったのに、そもそも何が元の話題だったかも忘れる程で」  俄かには信じがたいという態度の神足とは対照的に、田口の態度ははっきりとしたものだった。 「それで、我々としては幾つか、神足さんに提案させていただくことに決定して、一応、僕がその提案をご説明させていただく役を仰せつかったという訳です」  でも、まぁ、興味あるなとかあまりやりたくないなとか。あんまり硬くならずに聞いてやってくださいね、と田口はいつもの調子で告げると、1つ目のケースを開け出した。

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