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第11話

「せん、せい……」  神足は呟くように班目似の男に訴えると、その声で目が覚めた。目の前には田口、それに、沢尻が同席した時に見せたラフ画が自室のローテーブルに広がり、数枚が畳の上に落ちていた。 「うーん、確か……ラフ画見せの後、家に帰ってきて。ラフ画の確認してて……」  と神足は眠る前の状況を整理する。アシスタントながら月に違う作家の仕事を10本以上引き受ける神足は時々、仕事が終えると、こんな風に意図もせずに眠ることが多かった。  ちなみに、神足が腰をかける座椅子は奮発して、質素な部屋には似つかわしくなく、高級なものにしていた。というのも、以前、神足が眠ったところ知らないうちにおかしな寝方をしてしまって、椅子と腰を痛めてしまったからだ。 「流石、神足先生! 想像以上の出来で、僕が描くより断然良いですね。ね、田口……」  ラフ画を見た沢尻の口調は段々明るく、無邪気な感じとは打って変わって、泳いだような視線を田口へ向ける。沢尻に話を振られた田口も「とても良いのですが、そうですね……」と口ごもった。 「あ、もしかして、どこかイメージが違うとかですか?」  神足は田口と沢尻に「私に直せそうな部分でしたら何でも直します」と言うと、新しい用紙を出して、ペンを握る。 「あ、いえ、イメージは凄く正しくて、本当に原作を読み込んで、形にしてくださったのかなと思って、ちょっとびっくりしているくらいです。ただ……」 「ただ……?」 「うさぎの先生が思っているのとは違うかも知れませんが、主人公の青年を抱いている先生が班目先生に似ているので」  田口は申し訳そうに言うと、沢尻も田口の言葉に頷く。どうやら、青年を抱く先生と呼ばれる男は神足が思うよりもずっと班目に似ているらしい。 「それが悪い訳じゃないんです。しかも……」  今度は田口が沢尻の人形然とした顔を見つめた。すると、ここからは自分で話すというように、沢尻が口を開く。 「実は班目先生とは知らない仲じゃなくて、彼をモデルにして、『好きじゃない』を書いたんです」 「班目先生を?」 「そうです。班目……先生を」  沢尻は班目を「班目」で切り、一呼吸おいて敬称をつける。  田口は「少し外で電話をかけてきます」と部屋を出ていった為、沢尻の声は先程よりもさらに響く。  この目の前の人・沢尻はあの人を「班目」と呼ぶ間柄なのか。と神足は思うと、ざわざわとしたものが胸中に生まれていくようだった。

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