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第12話
『大事な話があるんだけど、会えない?』
と、スマートフォンへ打ち込み、神足は『久し振りだね』や『今度、会えそうな日はある?』等、書き換えてみる。ただ、その書き換えた文字も含めて、全ての文字を消してしまった。
メッセージを送ろうとしていたのは冨手極。
既読の文字のみで音信不通のかつての恋人へ神足が最後に連絡したのは今年の9月の頭のことだった。
『今日も暑いね。帰りにアイスとか買って帰ろうかな?』
秋、というのは名ばかりで、暑い暑い日が続いていた。さすがに、12月になった今では『暑い』ということはないのだが、冨手は冬でも暖房を効かせて、アイスを1つ2つと食べていた。
「我ながら呑気なこと、書いてるよね」
神足は力なく笑うと、スマートフォンをベッドへ放り、自身もベッドへ横たわった。大事な話、それは自分の気持ちだった。
「この先もずっとキワが好きだと思ってた。ごめんって言われても、目の前からいなくなられても、既読無視されても、キワの気持ちがもうなくなっていても……」
神足は目を閉じると、出会ったばかり頃の冨手の顔が浮かんだ。神足が言葉に詰まってしまっても、冨手は色んな言葉を投げかけてくれた。多少強引で自分本位なところもあったが、アシスタントとしても、恋人としても、自分の存在を誰よりも必要としてくれた。誰よりも愛してくれていた。
「キワ……」
神足が冨手の名前を呼ぼうとした瞬間。
冨手はふっといなくなり、その代わりに班目の姿が現れた。
「班目先生……」
冨手と同じか、それ以上に漫画家として才能がある人物だ。神足が言葉に詰まっても、神足の思いが出てくるまで急かすことなく待ってくれる。アシスタントではなく、自分の存在を必要としてくれている。冨手に痛めつけられ、半ば置き去りのように扱われた神足を温かく、優しく接して、愛そうとしてくれている。
神足が惹かれても、好きになってしまっても、仕方なかった。
「でも……好きになっちゃあいけない人だ」
神足は堪らなくなって、目を開け、ベッドから起き上がる。すると、その瞬間に目尻から涙が零れそうになった。
もしかすると、今までの神足は班目の代わりに冨手を愛し続けていたのかも知れない。だが、既にそれは沢尻と班目の関係を知った時にできなくなってしまった。そして、冨手の代わりに班目は愛せない、と神足は声もなく苦しんだ。
「本当に良いんですか?」
後日、神足はまた『ノーズ』編集部の隣の一室で田口と会っていた。表向きは沢尻のコミカライズのラフ画を班目と特定されないように描き直して、それを見せる為だった。この日は沢尻は別の仕事で不在で、文字通り、田口と2人きりだった。
そして、裏向きの用件は1ヵ月程、返答を保留にしていた専属アシスタントの件だった。
「ええ、野瀬先生とはお仕事をさせていただいたことがないので、ご希望に添えるかはわかりませんが、専属アシスタントの件を進めていただけないでしょうか?」
何とか噛んだり、どもったりしないで、神足は田口に頼む。ちなみに、班目でなければ、野瀬ではなく指宿につくのも良かった。ただ、病室で関係を持たれそうになったこともあり、極力避けたい相手だった。
そんな風に誰かに身体を重ねることはもうできそうにない。と神足は思うと、視線を真っ直ぐに田口へ向けた。
「え、野瀬先生ですか?」
田口の反応は予想に難くなく硬いものだった。
「まぁ、話を持ってきた僕が言うのもなんですが、僕としては班目先生とのゴールデンコンビが見てみたかったですね」
残念です、と田口は続けると、神足は軽く口角を上げてみせた。上手く笑えていると良い、と思いながら笑っていた。
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