20 / 32
第五話
沢尻と別れても、班目は精力的に班目直純や花崎瞳一、野瀬清澄として、新作を描き、世に発表していった。
ペースが落ちることもなく、かといって、上がることもない。
15歳の少年の時のまま、班目は描きたいものを納得ができる形で描き続けていく。
そんな班目の前にある男が現れたのは25歳の秋の頃だった。
「何か、おかしなことでも?」
班目がお近づきにと、手を差し出し、握手を交わした男は少し微笑む。
微笑む……上手くは言えないが、昔、大切にしていた恋人を懐かしむような、思うような複雑な表情は班目が今まで描いてきたどの人物よりも美しかった。
「あ、いえ。すみません。あの『君をバッドエンドから救う話』の班目先生が意外とお若い先生で驚いてしまって。今日から先生のお手伝いをさせていただきます、神足拓海です」
神足は会釈をする。
正直なことを言ってしまうと、神足は標準よりは小綺麗な方ではあるが、分かりやすく顔立ちが整った沢尻よりは見劣りしてしまうかも知れない。
ただ、先程の何とも言えない表情。柔らかく班目の胸に響く声音。
班目は今までに出会ったどんな人間にも抱いたことのない感覚に襲われた。
「(不思議だ……何だか、彼から目が離せない)」
神足を見ていると、胸が熱くなるような、堪らないような感覚がする。どうしては分からないが、班目の直感がそう告げていた。
ともだちにシェアしよう!