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第六話
「班目先生、この24ページから27ページ目までの背景はこんな感じでよろしいでしょうか?」
今回は全32ページで、進捗としては4分の3地点に差し掛かる。
1ページ目からバトルシーンが続くのだが、繊細な造りの城やグラスやシャンデリアが割れた部屋、草木が生い茂る森、幾重にも波紋が広がる湖等、めまぐるしく場面が変わる。しかも、これをトーンではなく、全て手描きで緻密に描ききり、キャラクターを引き立てていく。
「ああ、凄く良いですね。25ページ目と26ページ目はこのまま描き進めてください。24ページのこのグラスのあるコマは……」
班目は神足に細かい指示を出す。ただ、一言目にも言ったように、班目の希望通りの背景が描かれていて、24ページの修正も強いて言うならば、というレベルだ。
おまけに、神足の画力のレベルの高さにばかり目が行きがちだが、班目が描くキャラクターとも相性が良い。
それこそ、班目自身が描いたように親和性があり、一体となっている。
「分かりました。24ページを描き直したら、28ページに移ります。28ページから32ページ目のこの部分は……」
神足は気になっていった部分の確認をすると、班目はラフ画を見る。ラフ画には本当にキャラクター名と簡単な動作が書かれているだけで、他に何も書かれていない。
「あ、ここは……」
ここは自分で描く、と班目は言うつもりだったが、もう少し神足が描くのを見てみたい。
「すみません、もし、良かったら、28ページ目からキャラクター込みで自由に描いてみてもらうことはできませんか?」
アシスタントの仕事以外のことを頼んでいることは班目も分かっていたし、神足の手掛けたページを自分が描いたようになんてする気はなかった。
そのことを告げた上で、班目は頭を下げる。
「追加料金もお支払いします。言い値を言ってください。もし、神足さんが次のお仕事とか、用事がなければ、見てみたいんです。貴方の手がどんな風に作品を作り上げていくかを」
漫画家にしておくには惜しい程、整った眉に鼻、薄めの唇。
画力、構成、オリジナリティ。才能の塊だと言わんばかりの、希代の漫画家である班目。
片や、絵を描く腕は恐ろしく良いが、アシスタントに過ぎない神足には勿体ない程の口説き文句。
班目の余りに必死さに、神足も戸惑っているようだった。
「班目せんせ……い?」
神足としては拒むこともできただろう。
だが、神足は自分が断れば、班目がそのまま崩れていってしまいそうな脆さを感じた。
「分かりました。先生の描かれたものには劣るとは思いますが、描かせていただきます」
「ほ、本当ですか?」
「えぇ、アシ以外にも買い出しとかに部屋を掃除したりこともありますし、お金とかは気にしないでください。あ、でも……」
「でも……」
一時的な料金の上乗せよりもこれからもアシスタントとして贔屓にして欲しいのか。
それなら、班目としては願ってもないことだ。
それ程までに彼が、
神足が、
欲しくて、堪らない。
だが、神足が口にしたのは実にささやかな望みだった。
「いえ、本当にそんな期待しないでくださいね。僕なんて先生と違って、一介のアシなんですから」
神足は柔かに笑うと、ペンを握り、24ページから描き直していく。
その光景を班目は見つめていた。
こんなに気分が高揚したのは班目という人間が生まれて始めてかも知れない。
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