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第八話

「じゃあ、今後の班目先生と神足さんのご活躍とぉ、俺、田口勤の活躍を願って、乾杯っ!」  ダイニングバー・マットーネ。  何かの罠か、はたまた、何かの罰なのか。  繁華街で出会ったのは先日、斑目が仕事を依頼した神足拓海だった。 「乾杯」 「乾杯……」  チーズやテリーヌ、後からメインで出てくる肉料理に合うビール。あまり外国製のビールに詳しくなくても知っている銘柄のもの等を思い思いに頼み、グラスを交わす。 「(どうして、今なんだ……)」  と、斑目は自身の頼んだ苦味のややあるビールを口に含むと、ちらりと神足を見て思う。  同業者であり、師匠でもある能勢澄志にも、編集者であり、数少ない自身の理解者でもある田口にも、自分とはまるで違う価値観を持つ、かつての恋人だった沢尻にもいただいたことのない感情。  得体の知れない感情に溺れて、何だか酷く落ち着かない。  理解するにはもっと時間が欲しかったのに、まさか、こんなにもすぐに再会してしまうなんて。 「(もし、迷惑でなければ、田口君も言うように一緒に飲みましょう)」 「ま……せん……?」 「(先日はすぐに仕事に入ってしまったし、ゆっくり話もしたいです)」 「……だら……せい?」 「(なんて言っていたくせに何も出てこない)」 「斑目先生?」 「え……あ、神足さん? あれ、田口君は?」  斑目はちらりどころか、いつの間にか、神足を見つめていたようで、田口が席をはずしたことにも気づかなかった。 「えーと、電話がかかってきたみたいで。先生はこちらのお店にはよく来られるんですか?」 「ええ、大和や龍の髭は私には敷居が高くて、美味しいお店なんですけどね」 「分かります。僕も何度かお世話になった先生に連れて行ってもらったんですけど、なんか食べた気がしなくて……凄く美味しいお店でしょうし、勿体ない話なんでしょうけどね」  当たりも障りもない会話。  だが、では、何を話せば良いのか。  斑目直純という人間はいつも自身の描く作品についてしか話さなかったし、話しかけられても、話をしながら、自身の作品を描き続けているところがあった。人間としてはどうかと思うが、それで斑目が困ったことはなくて、能勢や田口、沢尻さえも彼の有り様だと受け止めたり、歩み寄ってくれたりしていた。  そして、これからもそれは変わらない筈だった。

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