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第九話
「神足さんは誰かの専属のアシスタントさんではないとか?」
酒の席で仕事の話なんて無粋だっただろうか。
斑目は口から出してしまってからしまったと思ったが、神足は少し笑うと、「お恥ずかしい限りですが、そうですね」と答える。
「(ああ、そんな顔をさせたかった訳じゃないのに)」
笑っているのに、神足の表情は哀しげに映る。
漫画に描いて、生計を立てている以上、神足だって連載を持ちたいのかも知れないし、アシスタント業に拘るなら一流の先生に専属のアシスタントとしてつくことを望んでいるのかも知れない。
しかし、神足ほどの画力があれば、すぐにでも連載できそうな気がする。漫画を見る目が厳しい斑目から見ても、そこそこの画力なのに、ストーリーやキャラクターに固執して、なかなか連載まで行けない同業者にも全く心当たりがない訳ではないが、神足に限ってはそれはないだろう。
仮に、ストーリー作りはからっきしで、アシスタント業に拘っているのだとしても、不定期に誰かにつくよりは誰か、人気作家につくなり、大物作家につくなりした方が定期的に仕事がもらえるし、依頼料の値上げもしやすいかも知れない。
斑目としては神足に何故、と1番聞きたいことだが、1番聞きにくいことだ。
「(だったら、少し俺らしくないけど……)」
斑目はビールを咽喉に流し込むと、ふっと息を吐く。
「神足さん。もし、良かったらなんですけど、私の専属アシスタントになっていただけませんか?」
程よくダイニングバーには様々な声や音があり、斑目の声は神足の耳に届く前に消えることも、バーの中に変に響くことなく、神足にすとんと落ちていく。
すると、神足は先程よりも哀しげに笑う。
「ごめんなさい。凄く勿体ない話なんですけど、専属は……」
やんわりとしている神足の拒否。
斑目とて、何でも自分が望むもの全てが手に入るとは思っていない。望むものが手に入らないこともあれば、望んだもの以上のものや望まないものが手に入ることもあった。
ただ、こんなに強く撃ちひしがれたような気分になるのは初めてかも知れない。
「(専属アシスタントが嫌だったら、アシスタントなんかでなくても良い。それ以上に俺は……)」
斑目は再び、口を開こうとすると、電話を終えた田口が斑目達の席へと帰ってくる。
そこからは、田口のおかげもあって、斑目は神足とそれ以上、気まずい雰囲気にはならなかった。
だが、神足はぎこちなく笑い、スクリュードライバーを飲む。
スクリュードライバー。飲みやすく、少し品数の豊富な居酒屋にもあるが、きちんとした分量で作れば、度数が高めだ。
「神足さん、神足さん!!」
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