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第十一話

「直? 班目直純? 聞いてるのか?」  神足に出会ってからというもの、斑目は誰かに何度も呼ばれることが多くなった。  斑目の仕事の腕は相変わらず、鋭く洗練されたナイフのようなものだったが、こうも上の空が続けば、誰でも何かあると考える。 「ああ、師匠。何か直し、ありましたか?」  斑目の師匠にして、ダブル作家としても仕事をする能勢澄志(のせきよし)氏。  実は、斑目の両親が離婚したこともあり、苗字こそ違うが、斑目の実の父でもある。 「いや、仕事のことじゃないが、最近、君の様子が変だって田口君が言っててな」  能勢はもう今日の仕事はやめると言わんばかりにロックグラスにウィスキーを注ぐと、斑目に手渡す。  酒が強いのと、漫画家としての資質が高いのは能勢と斑目は恐ろしい程、似ているが、斑目の顔のパーツ等は殆ど母似なのだろう。  親子です、と言わなければ、ただの師弟だと思われる気が互いにしていた。 「田口君が?」  斑目はウィスキーを口に入れずに眺める。濃い琥珀の液体は紛れもなく、アルコールで、グラスの口からはキツくて、芳醇な香りがしている。 「ああ、田口君が。あと、その時に言っていたんだが、少し面白い話をしてくれたな」 「面白い話?」  能勢は一口、ウィスキーを口に含むと、シガーを切るカッターやシガー用のマッチや灰皿を用意する。  原稿が上がった日にだけ能勢はアシスタントを全員帰し、ヒュミドールからシガーを取り出して、口にする。  特別、シガーが好きだと言うことではないらしいが、一種の原担ぎのようなもので、シガーを吸うと、次の原稿が良いものになる気がするらしい。 「そう、最近、とても優秀なアシスタントの子がいるらしく、ノーズで囲いたいとのことらしい」 「優秀な、アシスタント……」  斑目は何でもないように言うが、ウィスキーのグラスが僅かに波を立てる。  動揺。それと、狂おしいに近い衝動。 「多方面から専属の話が出ているらしいし、知り合いの編集者からも連載を持たせたいんだと聞いている。本人は何かと理由をつけて断っているようだな」  神足君と言うらしい、と能勢が言うと、斑目は全身が震えるような感覚に襲われた。 「君が良ければ、私も是非、会ってみたいものだな。才能がある者が埋もれていく。そんな悲劇は物語の中だけで充分だろ」

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