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第6話

「君は、樫井秀孝に抱かれたんだろう? 勿論、他の男にも。 さぞかし君のカラダは、気持ち良いんだろうねぇ……」 ねっとりとした気色の悪い声が、耳に張り付く。 相手を(なぶ)って怒らせ、本心を吐き出させよう魂胆だ。それがジャーナリストの()り口なのは解ってる。 最初から、相手にしなければいい。 ……そう思って、堪えようとしているのに。この虫唾の走る行為に沸々と怒りが込み上げてくる。 「一体どんなカラダしてんのか。一度、じっくり見てみたいもんだなァ……」 ……ククク。 耳障りな笑い声が、容赦なく僕の外耳を犯す。 「……」 門まであと少しだというのに。僕の足は、そこまで持ち堪えられそうにない…… 「……工藤くん!」 突然。半分開いた門から、僕を呼ぶ声がした。 その奥から人影が現れた途端、僕の隣に張り付いていたジャーナリストが、気まずそうにサッと立ち去っていく。 その変わり身の早さに驚きつつ、声を掛けてくれた人物に目をやれば、白衣の裾を翻す──化学教師。 「……」 相変わらず掴み所のない笑顔を浮かべ、僕に手招きをしてみせる。 「さっき、偶然そこから君を見掛けてね。 要らぬお節介だったかもしれないけど。困っていたみたいだったから……声を掛けさせて貰ったよ」 「……」 「一緒に、コーヒーでも飲むかい?」 柔らかな話し方にも関わらず、教師らしくない台詞が飛ぶ。……でも、何だかこの人らしい。 僕に何をするでもない。偏見な目を向けなければ、変な期待もしない。 “教師と生徒”という堅苦しいものも取っ払い、直ぐ傍にいても気にならない……空気の様な存在。 「……はい」 久し振りの化学実験室。 足を踏み入れた瞬間──先生が、女子生徒からバレンタインチョコを渡されている光景が思い出される。 「……」 あれ以来、何となくこの場所を避けていたんだっけ…… 少し前まで、ここで授業が行われていたんだろう。実験特有の匂いが、まだ微かに残っている。 「ちょっと待ってて」 「……」 しん、と静まり返った空間に、準備室の方へと捌けていった先生の声が響く。

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