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第6話

「……工藤くん!」 その時、半分開いた門から僕を呼ぶ声がした。 次いで人影が現れると、隣に張り付いていたジャーナリストが気まずそうにサッと立ち去る。 その変わり身の早さに驚きつつその人影を見れば、それは白衣を着た化学教師であった。 相変わらず掴み所のない笑顔を浮かべ、僕に手招きをしてみせる。 「さっき偶然そこから君を見掛けてね。 要らぬお節介だったかもしれないが、困っていたみたいだったから……声を掛けさせて貰ったよ」 「………」 「コーヒーでも飲むかい?」 教師らしくない台詞。この人らしい。 僕に何をするでもない……偏見な目を向ける事もしなければ、期待も掛けない…… 教師と生徒、という堅苦しいものも取っ払って、直ぐそこにいても当たり障りない……空気の様な存在…… 久し振りの化学実験室。 授業が終わったばかりなのか、何やら燃やした様な匂いが残っている。ガスバーナーやビーカー、三角フラスコ等の実験道具が、机の上に一塊に纏められていた。 「……はい」 差し出されたのはビーカーではなく、普通のコーヒーカップ。 白を基調とし、桜の様なピンクの花びらが風に舞う絵柄。 「驚いた?」 僕の顔を覗き込み、その反応に柔らかな笑みを浮かべる。 「君に指摘されてから、カップを用意したんだよ。 ……だけど、今度は肝心の君が来なくなってしまったから、中々この子の出番がなくてね……」 「………」 「そうそう。以前にもね、ここに入り浸ってた子達がいたから……幾つかカップを用意した事があるんだよ。 ……何処いったかな?」 化学教師はコーヒーカップを手に僕の斜向かいに座る。 そのカップに描かれているのは、夜空を舞う黒蝶。 「これなんだけどね」 徐に机上に置かれた小さな箱。 それが僕の前にスッと差し出される。 「……工藤くん、のお兄さんからね、預かっていたんだよ」 ……アゲハが……? ″じゃあ今度、そのピアス僕に返して″ バタフライナイフをちらつかせた若葉に見られる中、僕を抱くアゲハに放った言葉を思い出す。 ……これ、あの時の…… その箱を開けると、竜一の耳についているものと同じ……片割れの十字架のピアスが入っていた。

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