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第7話

あの時の約束を……覚えていたんだ…… そのピアスを摘み上げると、化学教師がふんわりと微笑む。 「……先生、アゲハは在学中、よくここに来ていたの?」 「ん……ファンの子に追い掛けられて、匿ってるうちにね」 僕の質問に答えながら、香り立つコーヒーのカップを傾ける。 「会ったことあるかな?……山本くんと辻田くんも一緒に連んで、ここに来ていたんだよ」 ……竜一が……? 「………」 そっか……アゲハと竜一は、友達……だったんだよね。 ……なんか、変な感じ…… ここでどんな事したり、どんな話とか、してたんだろう…… アゲハが家に友達を連れて来ていた頃を思い出す。 ……あの時はまだ僕も家にいて…… 母から酷い仕打ちを受けていて アゲハに守られながらも、アゲハを密かに憎んでいて…… もしこのピアスがなかったら……僕が母に殺されていたら…… ……いや、この世に僕という存在が最初から無かったら…… アゲハと竜一は……普通の人生を送り、今でも友達のままだったのだろうか…… 「……さて、と」 化学教師が椅子から立ち上がり、白衣を揺らす。 「もうすぐ次の授業が始まるけど、どうする……?」 黒蝶のカップを手にした化学教師は、僕に優しく尋ねる。 「……教室に行ってみる」 十字架のピアスを箱に戻すと、僕は化学教師にそう答えた。 久し振りの教室。 本当に久し振りすぎて、自分が何組だったかも忘れたくらいだ。 ざわめく教室の中に足を一歩踏み入れる。 ……頼むから、僕の存在を無にしてくれ…… まだ誰も僕に気付かずざわざわとしていた。 その中を掻き分け、確かこの辺りだった筈だ、と自分の机を探す。 「……あれ、工藤じゃん」 女子グループの誰かが此方を見て声を漏らす。 「え……学校、来れんの?」 「……あれだよね……アレ……」 「何だよあれって」 その女子グループに男子が混じる。 「アゲハ王子を誘惑して……拒絶した王子を切りつけたって……」 「……おいマジかよ!」 何処からそんな話が出来上がったのだろう……デタラメすぎて言葉にならない…… 「何やってんだよ警察、早く逮捕しろよ」 無知な男子が、勝手な事を口走る。 警察、逮捕、という言葉に反応したクラスメイト全員が、一斉に僕を見る。 教室は、僕という異物を吐き出そうとしている……

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