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第8話

だけど、もうそれには屈しない。 「……ねぇ」 僕を攻撃した男子に首を少し傾け、口角を少し上げる。 「僕の席、ここで合ってる?」 窓際から二列目、後から三番目の机に人差し指をつく。 一気に教室内はシン……、と静まり返る。 まるで時が止まったかのように、誰も動かない……蝋人形の館にでも迷い込んだみたいだ。 「………」 誰も何も返さないから、僕はその席の椅子を引いて座る。 そしてふと何気なしに首筋に触れ、ああ……と納得する。 ……昨日竜一に付けられた痕が、ここにあったんだっけ…… 解った所で、今更隠す気にもなれないけど…… そのまま片肘をつき、窓の外を眺める。 学校をぐるりと取り囲む塀。それに沿って立ち並ぶ、新緑萌える桜の木々。 目が痛くなる程深い青空。 小さな白い薄雲。 暖かな日射し。 鮮やかな色が目の奥に飛び込み、眩しすぎて瞼を閉じる。 ……ねぇ、竜一 少しは僕も強くなった……? 竜一のオンナらしくなったかな…… ″しょーもねぇオンナだな″ 僕の中に棲む竜一が、大きな手で僕の髪をくしゃくしゃと掻き回す。 シニカルに、でも優しさを孕んだ瞳を僕に向け……目を細める。 そんな顔を、僕だけに見せてくれる。 ……なんていう竜一は、やっぱり僕の想像の中でしかあり得ないんだろうか…… 暫くすると、教室内は何事も無かったかのような喧騒に戻る。 だけど、僕という存在が交わって溶け込んだ訳じゃない。 あくまで僕は浮いた存在であり、僕だけが周りと同調できずにいる…… 周りと同じ様に見えたとしても……生き物の擬態の様に、所詮は似せ物…… 学生服を着た学生でありながら、普通の学生ではない……似て非なる存在…… アパートに帰ってポストを見れば、そこには白い紙が挟まれ風に揺れていた。 引っ張って取り出して見ると、それはガス点検のお知らせであった。 不動産会社、お知らせの文字、丁寧で堅い文がつらつらと連なった最後に、工程日時と請負会社が記されていた。 特に気にする事なくそれを手にし、部屋へと上がる。 そして台所へ向かうと、見逃さない様にと冷蔵庫のドアにそれを貼り付けた。

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