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第8話
久し振りの教室。
とはいっても、進級してから一度も来ていないから、久し振りも何もないけれど。
後ろのドアを開け、ざわめくその中に足を一歩踏み入れる。
頼むから、僕に話し掛けないでくれ──そう心の中で突っぱねながら、奥へと進む。
「……あれ、工藤じゃん!」
女子グループの誰かが、僕に気付いて声を上げる。
「へぇ。よく学校来れたね」
「……え、アイツまた何かやらかしたの?」
「は? お前、知らねぇのかよ?!」
女子グループの中に男子が混じり、僕の罵り合いが始まる。
「王子に誘惑したら拒絶されて、切りつけたんだよ」
「……おい、マジかよ!」
「頭ヤベー奴じゃん!」
何処からそんな話が出来上がったんだろう。デタラメにも程があり過ぎて……話にならない。
「何やってんだよ警察! 早く逮捕しろよ!!」
わざとらしい大きな声。
“警察”、“逮捕”、という言葉に反応したクラスメイトが、一斉に顔を僕に向ける。
「……」
集中する視線。
教室全体が、僕という異物を吐き出そうとしている……
だけどもう、それには屈しない。
「………ねぇ」
僕を攻撃した男子に首を傾けてみせ、口角を持ち上げる。
「僕の席、ここで合ってる?」
窓際から二列目、後から三番目の机に人差し指をつく。
しん……
あれだけ盛況だった罵声大会が、一瞬で止む。
まるで、時が止まったかのよう。教室内が静まり返り、誰も彼もが微動だにしない。
「……」
カタン、
仕方なく椅子を引いて座る。
外を眺めようと頬杖を付いた時、指先が首筋にぶつかって気付く。
ああ……昨日ここに、痕付けられたんだっけ……
それでも。今更隠すつもりなんて毛頭ないけど。
学校の塀に沿ってぐるりと囲むように立ち並ぶ、新緑萌ゆる桜の樹。
何層にも重なって見える、深い青空。小さな白い薄雲。暖かな日射し。
鮮やかな空を瞳の水鏡に映していれば、目の奥が痛くなる程眩しくて。そっと瞼を閉じる。
……ねぇ、竜一。
少しは僕も、強くなった?
竜一のオンナらしくなれたかな……
『しょーもねぇオンナだな』
僕の心の中に棲む竜一が、大きな手で僕の髪をくしゃくしゃと掻き回す。
シニカルに。でも優しさを滲ませた眼を、僕だけに向けてくれる──なんていう竜一は、やっぱり僕の妄想の中でしか、あり得ないんだろう。
ざわざわ、ざわざわ……
暫くして教室内は、何事も無かったかのように動き出す。
変わらない喧騒。空気。
だけど、僕という異物まで溶け込んだ訳じゃない。
あくまで僕は浮いた存在であり、決して交わる事なんてない──例え第三者が、どんな印象を持っていたとしても。
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