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第28話

──それは、去年の夏。 僕が溜まり場での生活に馴れ、チームの皆と過ごす中で一番楽しかった頃。 ハイジのバイクを先頭に、チームの何人かと海岸線沿いを走らせたあの日。僕は振り落とされないよう、ハイジの背中にしがみつくのがやっとだった。 「……何か冷てぇもん買ってきてやるから、待ってろ」 有名な海水浴場でも何でもない、観光地化もしていないただの浜辺。その駐車場に立ち寄れば、夏場とあってかサーファーの車が幾つか駐まっていた。 僕の頭からメットを外したハイジが、自販機のある方へと足先を向ける。 チームの仲間達は、子供のように燥ぎながら砂浜へと足を踏み入れ、走り回っていた。 その様子を、道路と浜辺とを仕切る小高い縁石に座り、足をぶらぶらとさせて眺める。 時折吹く潮風。 じりじりと焼け付く様な太陽。 ああ、夏だ……海なんて、どれ位ぶりだろう。 そう、思っていた時だった。 「……あれ、一人?」 すぐ背後から声がし、振り返る。見上げれば、そこには金髪と茶髪のチャラい男が二人立っていた。 「なに佇んじゃってんの?」 ニヤニヤと口元を緩ませ、両手をポケットに突っ込んだ金髪の男が、反対向きで僕の隣に座る。 茶髪の男は、金髪の男とは反対側に腰を掛け、僕と同じ方向へと身体を向けた。 「あー、すげぇ風が気持ちいい」 どういうつもりなんだろう…… 僕をサンドイッチ状にさせたこの二人の意図がわからない。 「……てか、もっと気持ちいー事してぇ」 「どっから来たの?」 茶髪の独り言を完全に無視し、金髪が背中を仰け反らせて僕の顔を覗き込む。 「……」 チラリと金髪を見れば、悪巧みをした顔を隠さず再び口を開く。 「俺らさぁ、今から楽しい所行くんだけど……」 「──テメェ!」 カーンッ、 スチール缶が、アスファルトに叩きつけられる音が鳴り響く。 驚いて振り返れば、目尻を吊り上げたハイジがすぐそこまで迫っていた。 ……ガッ、ゴッ…… 肉を叩く、鈍い音。 それと共に、骨が砕けてしまうのではないかという、奇妙な音…… 茶髪の襟首を掴んで地面に引きずり倒した後、容赦なくハイジが男の急所を蹴り潰す。 踞って震える茶髪に驚く金髪……その胸倉を片手で掴み上げ、持っていたもう一つの缶を縦に握り、男の鼻めがけてその角で叩きつける。 ゴッッ、 ぽたぽたぽた…… 服や地面に垂れる、鼻血。 片手でそれを抑えた金髪が、背中を丸めて踞る。 その髪を掴み上げ、間髪入れず缶の角で男の頬を何度も殴るハイジ。蹌踉けた金髪が、両手で鼻と口を覆う。 その指の間から滴り落ちる、鮮血── それでもハイジは、男を捕まえ容赦なく顔を何度も殴る。 「……ハイ、ジ」 その瞳は、狂気の色に満ちていた。 楽しいのか、口の片端を不気味に歪ませている。 まるで、邪鬼にでも取り憑かれたかのように、罪悪感というものが微塵も感じられない── 「……」 僕の事なんて、完全に忘れている。 きっかけも、自身の事も、置かれている状況も……全て…… ……バキッ、ゴボッ…… 金髪の男の顔が、みるみる変形していく。 それは、此方の様子に気付いたチームの仲間達が駆け付け、ハイジを羽交い締めするまで止まらなかった。

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