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第36話 恩義
×××
……熱い……
あのまま夜通し眠ってしまったからなのだろうか。
身体が鉛のように重く、呼吸が苦しい。
ゴホッゴホッ……
何かが詰まったように、呼吸をする度にゼロゼロと胸から音がする。ベッドに横になったまま身体をくの字に折り曲げ、何度も咳き込む。
視界がぼんやりとし、熱くて熱くて……耳が塞がったように、ぼーっとする。なのに、ゾクゾクと寒気がして鳥肌が立つ。
薄手のケットを引っ張って頭まで被る。
「……これ、食えるか?」
ベッドに腰を掛けたハイジが、心配そうに声を掛けながら、ぺらっとケットを捲る。
僕の顔を上から覗き込むその表情 は、僕の知ってる……ハイジ……
「……」
壊れ物にでも触るかのような、優しくて繊細な瞳。何も言わず視線を逸らせば、少しだけ落ち着かない様子のハイジが視野に映る。
「………その、悪ぃかった」
「……」
「これからは、大事にすっから……」
手にしていたインスタントのカップ雑炊を、プラスチックスプーンでクルリと掻き混ぜる。湯気が立ち込め、食欲を刺激する特有の匂いが辺りに漂う。
「……さくら……」
「……」
「兎に角、これ食ってくれよ……」
サイドテーブルには、市販の風邪薬と500mlのミネラルウォーター。
そして、栄養ドリンク。
明け方──
ようやく帰ってきたハイジが、酷く咳き込む僕に気付いて駆け寄った。
手錠を外し、ティッシュで簡単に性行為の後処理をした後、僕に下着を履かせる。
それからまた直ぐに部屋を飛び出し、コンビニの袋をぶら下げて戻ってきたのだ。
「……」
「んな、恨めしそうな顔すんなって」
諦めたのか。軽い溜め息をつき、カップ雑炊をサイドテーブルにそっと置く。
スッと手を伸ばし、僕の横髪にそっと触れる。だけど、その指は何処か迷いがあり、不安げに震えていた。
「……」
それを振り払うこともせず、僕は無言のまま静かに触らせていた。
「……もう、しねぇから」
その指が髪に絡み、不器用に梳く。
不意に触れた耳。その耳殻をそっと摘み、縋るような声を出す。
……ハイジ……
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、苦しくなる。
「………ずっと、待ってたんだよ……これでも」
視線を逸らしたまま、小さく唇を動かす。喉がザラザラし、出した声が自分のものじゃないみたいで……何だか変……
「………ゴホッ、ゲホッ」
背中を丸め、激しく咳き込む。
と、耳に触れていたハイジの手が離れ、僕の背中に当てられる。
「……大丈夫かよ」
ケットの上から、ハイジが背中を擦ってくれる。
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