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第37話
「……ごめん、ハイジ」
「謝んなって」
気遣いながらそう言ってくれたハイジに、胸を抑えながら頭を小さく横に振る。
「……ごめん……、ゴホゴホッ」
「もう喋ンな」
一度咳き込むと、中々止まってはくれなくて。背中を擦られる度に、ゾクゾクと寒気が襲う。
「………待っててくれてたんだな」
ボソリ、と呟くハイジ。
その声色は穏やかで、何処か嬉しさを孕んでいた。
見れば口元を緩ませ、僕を見下ろす瞳が潤んで澄んだ優しい色をしていた。
「……」
……誤解……させた……
続きを言う前に、ハイジの中で僕という人間が出来上がってしまった。
……違う。
そう言ったら、また豹変してしまうだろう……
そしたら今度は、確実に殺されるかもしれない。
「………うん」
待っていたのは、本当……
レンタルショップ店員のハルオの所に居候しながら、いつかハイジが迎えに来てくれるって……
頼りない希望だったけど、待ってた。
……でも。それは同時に。
アゲハへの憎しみも、竜一への想いも、一緒に抱えていたけど……
「さくら」
咳が止まった僕の下瞼を、ハイジが折り畳んだ人差し指で拭う。そして僕の横髪を手櫛で梳き、僕の顔を優しく見下ろす。
、今度は優しく触れて指を絡ませる。
「オレは、暴力団との繋がりはあるけど……暴力団組員じゃねーから」
「……」
……え……
驚いた。
あの部屋に、龍と一緒に入ってきたハイジは……何処からどう見てもソッチの世界の人間に見えた。
それに──
人を殺す事に何の躊躇もない、あの鋭く氷のように冷たい眼。
「……ただ、龍さん──って。リュウと同じ名前でややこしいな。
オレと一緒にいたあの人、龍成さんっつーんだけど」
「………」
「オレ、その人に……返しきれねぇ恩義があっから」
僕の横髪を丁寧に梳く指先は、もう震えてなどいない。
真っ直ぐハイジを見つめ、その腕にそっと指を添える。
「……恩義?」
小さく呟けば、直ぐにゴホゴホと咳き込んでしまう。
もう、咳のし過ぎで喉も肺も痛い……
「無理して喋んなって!」
直ぐにハイジが背中を擦ってくれる。
恩義──微かに感じる違和感。
確か、ハイジと初めて食事デートをした時も、同じような事を言ってた気がする……
「……オレが施設出身なの、知ってンだろ?」
擦る手を止めず、ハイジがぽつりと話し出す。
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