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第37話
「……オレ、生まれてすぐ病院から乳児院って所に預けられて、そっから施設に移ったみてーで……
最初から施設だったからよ……世の中はそういう仕組みで、親元から離れるのが当たり前なんだって……
ずっと信じて疑わなかったんだぜ」
背中をゆっくりと摩りながら、ハイジの瞳が何処か懐かしむ様に遠くを眺め……
しかしどこか虚ろげに瞳が揺れる。
「学校みてぇにデケェ施設でさ。
人が多い分、子供ン中でも社会ってのが出来上がっててよ……」
まだ小学一年生だったハイジは施設に入所し、偶々空きが出たという理由で中高生で構成された六人部屋に配属された。
しかしそこは、子供社会の頂点に君臨する者達が集結した部屋だった。
その中高生は、何か気に障る事があれば直ぐに暴力をふるい、力で捩じ伏せていた。
職員の目の届かない所にターゲットを呼び出し、集団リンチをするのは当たり前。
体格差があるにも関わらず、それは容赦なく同室となったハイジにも向けられた。
真夜中……皆が寝静まった頃。
チームリーダーである高校生の指示で、同室の中学生四人がベッドに眠るハイジを床に引きずり下ろす。
そして文字通りの袋叩き……掛け布団を幾重にも重ねて上から押し潰したり、取り囲んで殴る蹴る等、暴力の限りを尽くした。
「……職員から贔屓されてるとか、好きな女と仲良く遊んでたとか、里親が見つかりそうだとか。……理由なんて取って付けた様な下らねぇモンだ」
ハイジが吐き捨てる様に言い放つ。
「けど、里親に関しては……解らなくもねーな……
小せぇうちならまだしも、デカくなってから引き取りてぇっつー里親なんて殆どいねぇだろ?」
「………」
「……オレらは、ペットショップの店頭に並ぶ犬と一緒なんだよ」
品定め……そして選んで貰えなかった心の傷……
それが次第に歪み、闇を持ち、憂さ晴らしに選ばれた相手を叩く……
″ ……さくらっ! ″
母が僕に、何度も平手打ちを喰らわす。
頬は熱く腫れ上がり、溢れ流れた涙で濡れる。
ヒステリックになってしまった母は、手の付けようがなかった……
″ なによその目……っ! ″
″ 抉り取ってやるわ ″
台所の引き出しから調理バサミを取り出すと、固く握り締め、取り押さえた僕に突き付ける。
鋭く光る刃先……
僕は身を縮め、ぎゅっと自分を抱いた。
久々に思い出す……幼少期のトラウマ。
未だに光景を思い出すと、動悸なのか……心臓が胸を突き破る程激しく暴れ、呼吸が苦しくなる。
「……さくら?」
そんな僕に気付いたのか、ハイジは話を止めて僕の顔を覗き込んだ。
「……ん、大丈夫……」
「この話は後にすっか」
ハイジがサイドテーブルに置かれたペットボトルに手を伸ばす。
そして蓋を開け、ゴクゴクと勢いよく飲む。
「……ううん、聞きたい」
喉仏がリズムカルに上下に動くのを見ながら、静かに言う。
「ハイジがそういう話してくれるの、初めてだから……」
「………」
一気に半分近く飲むと、ハイジは僕の方に再び視線を向ける。
「……あんま、いい話じゃねーぞ」
少し戸惑う様な声。
「うん、……でも聞きたい」
「………」
ペットボトルの蓋を閉めかけ、サイドテーブルに戻す。
そして僕の首の下に腕を差し入れ、僕の上体を起こした。
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