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第39話

見た目は普通の一軒家。 そこに、十人程の児童と二人の職員。 子供は男女に分けられて、それぞれ六畳一間の狭い部屋で寝泊まりをした。 まともな食事は一切与えられなかった。 リビングの床に児童全員が正座をさせられ、その目の前で職員の男が複数の弁当を食べる。 そして使用済みの割り箸ごと弁当を床に投げ捨てられ、その僅かな残りを全員で拾い集めて分け合う、という有様だった。 入浴は三~四日に一度。 それも全員で一時間……一人約五分というとても短いものだった。 服は一切支給されなかった。 月の小遣いすら貰えなかった為、小さくなったとしても前の施設で支給された服を着倒した。 学校へは、飢えを凌ぐ為だけに通った。 給食で腹を満たし、乞食だと罵られながらも余った牛乳やパンを持ち帰っては、施設に残った未就学児にそれを分け与えていた。 それは明らかなネグレクト…… しかし、施設の子というフィルターが掛かっていたせいか、担任が声を掛ける事は一度もなかった。 そして…… 独房と称した半畳程の監禁部屋。 窓も布団も何もなく、ひたすらに真っ暗で狭いその部屋に突然放り込まれ、一晩をそこで過ごす事もあった。 「人を人とも思わねぇ……尊厳もなにもねぇ……… でもそこで生きるには、ペットショップの犬以下に成り下がるしかなかったんだよ」 「………」 ″だから、甘ちゃんが嫌ぇっていうか、苦手っていうか…″ 初めてハイジに会った時の台詞が、ふと思い出される。 ″少なくとも、親元で暮らせるのは贅沢だぜ″ あの時の言葉の裏にある心意が、今なら解る。 ″…悪ぃかった…″ ″見かけで判断してよ…″ それは、僕も同じだ…… 僕はハイジの事、何にも知らなかった。 ……ハイジは、多分僕よりもずっと辛い経験をしている…… 親に捨てられ、預けられた施設で 逃げ場のないその環境の中……必死に生き抜いてきたんだ…… ……なのにあの時の僕は、僕だけしか見えてなくて。 ひねた心で、僕だけが不幸で。 何て不遇な環境下に生まれたんだと……まるで悲劇の主人公の様に浸って…… 「それでも……最初のうちはもう一人、女の職員がこっそり食事を与えてくれたり庇ってくれたり……オレらの心のケアもしてくれてたんだけどな。 ……二週間もしねぇうちに、突然居なくなってさ」 「………」 「……まぁ、そっから二年……マジで毎日必死だったな……」 遠い目をしたハイジの瞳が、静かに濁る。 その瞳が少し揺れた後、ハイジは僕からカップ雑炊を静かに奪い、代わりにペットボトルを差し出した。 そしてサイドテーブルに置かれた市販の風邪薬を、箱から取り出す。

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